18時を回ってその頃にはかなり暗くなってきており、照明を落とした場内にはキャンドルや小さな電飾が多数灯されて幻想的な雰囲気がかもし出されていました。
機材の調整がうまくいかなかったのか、初めのうちこの電飾が何度か消えてそのたび譜面が見えなくなり、壷井さんは試されているんじゃないかなどとおっしゃって笑いを誘っていました。気を抜いた演奏をしていると消されるんじゃないかなどとも。
東北地方は夕方まで降ったりやんだりの天気だったらしく、腰掛けていた板が湿っていて衣服を通して水気が膚にしみる感覚がありました。
ツリーハウスの前に板を張って作られたステージも湿っていたようで、お三方の真ん中で腰掛けて演奏する太田さんの椅子の足がステージの板に少しずつめり込んでいたようでした。
壷井さんに指摘された太田さんは、気になってちょっとずつ場所をずらしているけれど、どこまでもめり込んでいったらどうしようといった趣旨のことをおっしゃいました。
太田さんの場所を変えるか、いっそ（太田さん藤野さん壷井さんの）オオフジツボの順に並んだらわかりやすいんじゃないかなどとも壷井さんがおっしゃった後、真面目な話をすると、この（客席から見て左から壷井さん太田さん藤野さんという）順番なのは太田さんがリズムを掌っているからだという、かつてのやで伺ったお話を彷彿とさせる御説明もありました。
前半の曲で覚えているのはまず藤野さんのCountry Life。ピアノアコーディオンで演奏されることもある曲ですが、この日はボタンアコーディオンで披露されました。
北海道には飛行機でいらっしゃる関係上ピアノアコーディオンを1台だけお持ちになることが多いですし、藤野さんのボタンアコーディオンを聴いたのは少なくとも1年以上ぶりだったのではないかと思います。ああ、この音だと懐かしさか安らぎに似た感覚を覚えたことでした。
（オリジナルではボタンアコーディオンだったハンドリオンでの「ワルツフォースナフ」も最近ではピアノアコーディオンで演じられることが多いです。2011年に坂上さんと藤野さんが平泉にいらした時の「ワルツフォースナフ」もピアノアコーディオンで、この時のことを、藤野さんは、じょんさんがいない寂しさはあるけれど二人には二人にしか出せない音がある、とお書きになっていました。）。
次いで太田さんの「雨の観覧車」。街頭でのバスキング演奏などでは中年男性に好評で、太田さんは全国百万人のお父さんの味方と賞されるという、この曲でいつも紹介されるエピソードが披露されました。イメージが固着するという太田さんのクレームに対し、エロオヤジとかよりいいじゃないですかと藤野さんが応じていました。
そして平泉セット。お三方の手になる各パートの御説明がありました。『久遠の鐘』のために、東北のために作られたセットです。きっと前日の平泉でも演奏されたのではないでしょうか。前年（2012年）の北海道ツアーでも聴いており、初めてではないですが、東北で聴くことに感慨がありました。我々からすると東北なら東北、青森なら青森とくくって考えてしまいますが、本当は例えば同じ青森でも津軽と南部ではかなり土地柄が違うとのことなのです。八戸で聴く平泉セットはどれくらい地元色に近かったのでしょうか。
前半の最後の方にはGo! Chuo lineがありました。もともとは藤野さんトシさん長尾さん大渕さんのナギィのレパートリーだった曲です。オオフジツボの曲として甦ったことはかねて仄聞しており、前年（2012年）の北海道ツアーで実際にも聴くことができていたのでした。
藤野さんがこよなく愛する中央線をリスペクトして、それも今のステンレスにオレンジのラインではなく鉄に全面オレンジの車両だった頃の中央線をリスペクトして作った曲なのだと熱をこめたところに、確か太田さんが八戸の人に熱く語ってもと突っ込んでいました。高円寺辺りの怪しいインド雑貨を売っているようなそういう雰囲気のフレーズも織り込んでいると藤野さんの御紹介に続けて、太田さんが本日は東北新幹線バージョンでと付け加えて曲が始まりました。ギターでのイントロがおそらく東北新幹線発車の際に流れるメロデイだったのでしょう。演奏後、客席からは八戸線だという声も上がっていました（八戸線は八戸以北の東北本線が青い森鉄道に第三セクター化された時に、他のJR線とは接続してない飛び地線になってしまっています。）。
後半になると、いつものホームグラウンドと同様に藤野さんから壷井さんにMCを交替したのではなかったのでしょうか。当時書き残したメモに「社会的MC」とあり、壷井さんがネタでそうした発言をして笑いを誘ったのではなかったかと思うのですが、詳細についてはかなり記憶が薄れてしまいました。
そして太田さんの「地蔵盆の夜」です。太田さんの御出身の関西方面に残る伝統行事とのことで、この辺りでは地蔵盆の風習はありますかとの太田さんのお尋ねに、前年（2012年）の富良野と同様、八戸の人にもあまりなじみはなかったようですが、「地蔵盆の夜」のイントロとして柾谷伸夫さんが朗読されたのは、東北在住の相澤史郎さんが南部弁でお書きになった詩作「地蔵盆」でした。
地蔵盆の夜には子供達をはじめ近隣住民が集まってちょっとしたお菓子や手料理が振る舞われたりするのだそうですが、その中にどこかで見たことがあるような顔がある、亡くなったあの人によく似ている人が…地蔵盆の夜には亡くなった人によく似た人に会えるというんですねと太田さんは穏やかに語ります。そして亡くなった筈の人を見かける「地蔵盆」のリーディングをイントロに、優しい旋律の「地蔵盆の夜」が始まりました。
実は太田さんは東北ツアーの直前にお母様に急な御不幸があったのです。
福島の翌日、昼に中尊寺での奉納演奏を終えた後、平泉での夜のライブは急遽欠席して葬儀に向かわれ、そのまた翌日八戸においでになってのこの日の夜だったのでした。
太田さんは後にお書きになっていました。
演奏家としてどんな理由があろうともキャンセルはあり得ないと思っていた、それなのに最後の別れがしたいという気持ちを抑えられなかった自分の選択に驚きもし納得もしている、弁解は何もなく批判は甘んじて受けるしこれからの演奏で返していくしかないと、逆に心配してくださった方々にはお礼を申し上げると。
「地蔵盆」と「地蔵盆の夜」という演目は以前から決まっていたはずで、不思議な符合が図らずも悼みを感じさせ、じんとさせられたことでした。
一方、これも承知したのは後日のことですが、平泉の夜のライブが急遽フジツボライブとなってしまった藤野さんと壷井さんは、福島の打ち上げ終了後、翌日に備えてカラオケボックスで午前3時まで練習をされたのだそうです。その朝東京を出発して福島まで運転してこられた壷井さんの顔色は練習終了時には真っ白であったとか。そして藤野さんはその後も更に残られてお一人で練習されたといいます。まだ大学生であったと思われるキルシェのサポートの頃からかれこれ20年の付き合いである藤野さんと壷井さんのデュオがこんな形で実現するとは、ということだったそうなのでした。
翌日夜、ちょっとアングラなテイストになったフジツボライブ終演後、会場の平泉駅前のお蕎麦屋さん芭蕉庵の御主人もお客様方も藤野さんと壷井さんにとても温かい言葉をかけてくださったそうなのですが、それでも藤野さんの心には釘が一本刺さったように残ったといいます。「オオフジツボとして必ずやうかがいます！。」
続いては藤野さんのyumenoato。芭蕉の句に由来したタイトルですが、震災以前の私が東京勤務だった頃から聴いてきた曲です。平泉ではなくアイルランドの古戦場を訪れて想を得た曲なのですが、やはり東北で聴くことには感慨がありました。
そして続けて藤野さんの「宵蛍」。
藤野さんとはソロやハンドリオンでお会いしていましたが、オオフジツボは前年2012年の北海道ツアー以来1年ぶり。その1年の間に生まれた全く新しい初めて聴く曲です。
蛍の群れのような電飾やキャンドルに囲まれた素晴らしいステージはこの曲にぴったりでした。
アンコール前の最後の方に壷井さんの「空に消ゆ」がありました。
初めて聴いた2010年6月大塚グレコのはやぶさ帰還の夜、前年（2012年）7月野良窯の窓外に垣間見えた最後の富良野の夜、八戸の夜空の下、この曲の記憶に連なる思い出の夜がまたひとつ増えました。
アンコールは1枚目のアルバムの頃からの人気曲、壷井さんのSecond steps to long distance、次いでリーディングのお二人も御挨拶され、ダブルアンコールはダニーボーイでした（続く）。
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