多分、紀伊半島には秘境と言われるところがたくさんあるんだと思う。
有名な秘境もあるんだろうけど、無名の秘境なんていくらでもありそうだ。
私が住んでいる色川の中心だって、都会の人からしたら秘境だ。
その色川に住んでいる人間にとっても秘境と言えるところ、それが今回訪れた奥中ノ川。
もう人は住んでいない。
それでも、まだ家は残っている。
集落には澄んだ川が流れている。
大きな桜の木、この木の下で花見をしてみたいものだ。
そこにかつて住んでいたという田中さんの家には平家の落人伝説がある。
その上の山に住んでいた落人の人をお祭りなどのたびに集落に呼んでいたそうだ。
そしてある時、その落人が持っている不思議な魔力のある笛を奪おうとした。
祭りの席でしこたま酔わせて、便所に入った時にその便所に突き落としたのだ。
落人は死んだが、その後田中家には災難が降りかかった。
やがて近くにお宮を建てて落人を祀って、田中家の災難はなくなったそうだ。
そんな話を聞きながら歩く。
話をして下さるのは、ここで生まれ育ったという70代の久保さん。
子供のころからの面白い話がどんどん出てくる。
「ここに住んでくれたらあの家やるわ。」
今は無人になってしまった生まれ故郷、また人の気配がする人里に戻ってほしいのだろう。
子供のころいつも歩いていたという山道を歩いて直柱の集落に向かう。
直柱、ひたはしら、と読む。
長年、たった一人の男性が住んでいた集落だ。
つい最近、もう一人都会から来た男性が住むようになった。
梅の花が満開だ。
秋には栗の実がいっぱい生る。
静かな山里が猿で大賑わいになるそうだ。
昔の人はみんな今では短時間で車で移動するところを何時間も何日もかけて歩いて行き来した。
かつての街道は歩く人がいなくなりすたれようとしている。
昔の人のいろいろな想いにあふれた集落、道。
そこで話された言葉を、我々は聞くことができるだろうか。
ログインしてコメントを確認・投稿する