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2013年09月01日17:18

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自由主義、民主主義

自由主義 - Wikipedia
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「政府は、共同体一人ひとりのメンバーを強力な権力でつぎつぎと押さえ込み、都合よく人々の人格を変質させたあと、その超越的な権力を社会全体に伸ばしてくる。この国家権力は細かく複雑な規制のネットワークと、些細な事柄や征服などによって社会の表層を覆った。そのために、最も個性的な考え方や最もエネルギッシュな人格を持った者たちが、人々を感銘させ群集の中から立ち上がり、社会に強い影響を与えることができなくなった。

人間の意志そのものを破壊してしまうことはできないが、それを弱めて、捻じ曲げて、誘導することはできるのだ。国家権力によって人々は直接その行動を強制されることはないが、たえず行動を制限されている。こうした政府の権力が、人間そのものを破壊してしまうことはないが、その存在を妨げるのだ。専制政治にまではならないが、人々を締め付け、その気力を弱らせ、希望を打ち砕き、消沈させ、麻痺させる。そして最後には、国民の一人ひとりは、臆病でただ勤勉なだけの動物たちの集まりにすぎなくなり、政府がそれを羊飼いとして管理するようになる」

— アレクシス・ド・トクビル『アメリカの民主政治』

「われわれの選良を信頼して、われわれの権利の安全に対する懸念を忘れるようなことがあれば、それは危険な考え違いである。信頼はいつも専制の親である。自由な政府は、信頼ではなく、猜疑にもとづいて建設せられる。われわれが権力を信託するを要する人々を、制限政体によって拘束するのは、信頼ではなく猜疑に由来するのである。われわれ連邦憲法は、したがって、われわれの信頼の限界を確定したものにすぎない。権力に関する場合は、それゆえ、人に対する信頼に耳をかさず、憲法の鎖によって、非行を行わぬように拘束する必要がある。」— トーマス・ジェファーソン、1776年(法律学全集3『憲法』pp.90)

自然権 - Wikipedia
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自由権 - Wikipedia
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人権 - Wikipedia
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公民権 - Wikipedia
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個人主義 - Wikipedia
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自由市場 - Wikipedia
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自由競争 - Wikipedia
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金本位制 - Wikipedia
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資本主義 - Wikipedia
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もしも人間の知的・道徳的活動を現実の生活の必要性に注ぎ込み、生活の向上に役立てたいのならば、
もしも理性の方が天才よりも人の役に立つと考えるならば、
もしも英雄的美徳ではなく穏やかな習慣の創造を望むならば、
もしも政府の主な目的が、最強の力や国家全体の栄光の獲得ではなく、すべての個人に最大の幸福を提供することであるならば、

条件の平等を整えて民主的政府を確立するのが良いだろう。

財産権 - Wikipedia
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立憲主義 - Wikipedia
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民主主義 - Wikipedia
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あらゆる人は同等である。それを異なるものにするのは生まれではなく、徳である。
近代的な政治をするために、民衆も賢明にならなければならない。
私はあなたの意見には反対だ、だがあなたがそれを主張する権利は命をかけて守る。
— ヴォルテール

【史料】フランス人権宣言(1789年)全文
フランス人権宣言(全文)
前文 国民議会として構成されたフランス人民の代表者たちは、人の権利に対する無知、忘却、または軽視が、公の不幸と政府の腐敗の唯一の原因であることを考慮し、人の譲りわたすことのできない神聖な自然的権利を、厳粛な宣言において提示することを決意した。この宣言が、社会全体のすべての構成員に絶えず示され、かれらの権利と義務を不断に想起させるように。立法権および執行権の行為が、すべての政治制度の目的とつねに比較されうることで一層尊重されるように。市民の要求が、以後、簡潔で争いの余地のない原理に基づくことによって、つねに憲法の維持と万人の幸福に向かうように。こうして、国民議会は、最高存在の前に、かつ、その庇護のもとに、人および市民の以下の諸権利を承認し、宣言する。

第1条(自由・権利の平等) 人は、自由、かつ、権利において平等なものとして生まれ、生存する。社会的差別は、共同の利益に基づくものでなければ、設けられない。

第2条(政治的結合の目的と権利の種類) すべての政治的結合の目的は、人の、時効によって消滅することのない自然的な諸権利の保全にある。これらの諸権利とは、自由、所有、安全および圧制への抵抗である。

第3条(国民主権) すべての主権の淵源(えんげん=みなもと)は、本質的に国民にある。いかなる団体も、いかなる個人も、国民から明示的に発しない権威を行使することはできない。

第4条(自由の定義・権利行使の限界) 自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない。

第5条(法律による禁止) 法律は、社会に有害な行為しか禁止する権利をもたない。法律によって禁止されていないすべての行為は妨げられず、また、何人も、法律が命じていないことを行うように強制されない。

第6条(一般意思の表明としての法律、市民の立法参加権) 法律は、一般意思の表明である。すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、その形成に参与する権利をもつ。法律は、保護を与える場合にも、処罰を加える場合にも、すべての者に対して同一でなければならない。すべての市民は、法律の前に平等であるから、その能力にしたがって、かつ、その徳行と才能以外の差別なしに、等しく、すべての位階、地位および公職に就くことができる。

第7条(適法手続きと身体の安全) 何人も、法律が定めた場合で、かつ、法律が定めた形式によらなければ、訴追され、逮捕され、または拘禁されない。恣意的(しいてき)な命令を要請し、発令し、執行し、または執行させた者は、処罰されなければならない。ただし、法律によって召喚され、または逮捕されたすべての市民は、直ちに服従しなければならない。その者は、抵抗によって有罪となる。

第8条(罪刑法定主義) 法律は、厳格かつ明白に必要な刑罰でなければ定めてはならない。何人も、犯行に先立って設定され、公布され、かつ、適法に適用された法律によらなければ処罰されない。

第9条(無罪の推定) 何人も、有罪と宣告されるまでは無罪と推定される。ゆえに、逮捕が不可欠と判断された場合でも、その身柄の確保にとって不必要に厳しい強制は、すべて、法律によって厳重に抑止されなければならない。

第10条(意見の自由) 何人も、その意見の表明が法律によって定められた公の株序を乱さない限り、たとえ宗教上のものであっても、その意見について不安を持たないようにされなければならない。

第11条(表現の自由) 思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる。

第12条(公の武力) 人および市民の権利の保障は、公の武力を必要とする。したがって、この武力は、すべての者の利益のために設けられるのであり、それが委託される者の特定の利益のために設けられるのではない。

第13条(租税の分担) 公の武力の維持および行政の支出のために、共同の租税が不可欠である。共同の租税は、すべての市民の間で、その能力に応じて、平等に分担されなければならない。

第14条(租税に関与する市民の権利) すべての市民は、みずから、またはその代表者によって、公の租税の必要性を確認し、それを自由に承認し、その使途を追跡し、かつその数額、基礎、取立て、および期間を決定する権利をもつ。

第15条(行政の報告を求める権利) 社会は、すべての官吏に対して、その行政について報告を求める権利をもつ。

第16条(権利の保障と権力分立) 権利の保障が確保されず、権力の分立が定められていないすべての社会は、憲法をもたない。

第17条(所有の不可侵、正当かつ事前の補償) 所有は、神聖かつ不可侵の権利であり、何人も、適法に確認された公の必要が明白にそれを要求する場合で、かつ、正当かつ事前の補償のもとでなければ、それを奪われない。

(条文は、樋口陽一・吉田善明編『改定版 解説世界憲法集』−三省堂−より引用)

以下はバージニア権利章典の全文である。

第1条 全ての人は生まれながらにして等しく自由で独立しており、一定の生来の権利を有している。それらの権利は、人々が社会のある状態に加わったときに、いかなる盟約によっても、人々の子孫に与えないでおいたり、彼らから奪うことはできない。すなわち、財産を獲得して所有し、幸福と安全を追求し獲得する手段と共に生命と自由を享受する権利である。

第2条 あらゆる権力は人民に与えられそれ故に人民から得られる。行政官は人民の被信託者であり僕であって、常に人民に従うものである。

第3条 政府は人民、国家あるいは社会の共通の利益、保護および安全のために制度化されるものであり、あるいはされるべきである。様々な様式や形態の政府の中でも、最大限の幸福と安全を生み出すことができ、悪政の危険に対して最も効果的に防御されているのが最善である。いかなる政府もこれらの目的について不適切であるとか反していると認められたときには、公共の福祉に最も資すると判断される方法で、政府を改革し、置き換え、あるいは廃止する疑いも無く、不可分で剥奪できない権利を社会の多数派が持っている。

第4条 いかなる人も、あるいは人の集団も、公的な務めと考えられるものを除いて、社会から排他的あるいは別の報酬あるいは特権を付与されることはない。その公的な務めは子孫に伝えられるものではなく、行政官、議員あるいは判事の職は世襲されてはならない。

第5条 国家の立法権と行政権は司法権から分離され区別されるべきである。立法部と行政部の構成員は人民の負担を感じ取りそれに参加することで抑圧から抑えられるかもしれないので、一定期間私的な位置付けに下げ、元々所属していた団体に戻すべきであり、その空席は、繰り返され、一定で規則的な選挙で補充されるべきである。この選挙で前の構成員の全部あるいは一部が再び選出されるかあるいは不適とされるかは、法律によって示されるべきである。

第6条 議会で人民の代表として使える議員の選挙は自由であるべきである。社会に対して恒久的で共通の利害を持ち、さらにそれに執着するという十分な証拠を持っている人全ては選挙権を有し、彼ら自身の同意あるいは選ばれた議員の同意無しに、公共の用途のために課税しあるいはその財産を奪われることがあってはならない。また同様な考え方で公共の利益のために同意しないいかなる法律によっても束縛されるべきではない。

第7条 人民の代表の同意無しに権威者によって法を停止したり、あるいは執行したりするあらゆる権限は人民の権利に対して有害であり実行されるべきではない。

第8条 あらゆる死刑に値するあるいは刑事上の告発において、人は告発者や承認に対面してその告訴の原因や性質を請求する権利がある。自分に有利な証拠を要求し、近隣の公平な陪審員による迅速な裁判を受け、その陪審員の全員一致の同意無くして有罪とは認められず、自分に不利な証拠を提供することを強制されない権利がある。いかなる人もその土地の法あるいは同輩の判断による以外でその自由を奪われることはない。

第9条 過大な保釈金は要求されるべきではなく、また過大な科料を科されるべきではない。残酷で異常な罰は科されるべきではない。

第10条 一般逮捕状はそれによっていかなる役人もあるいは伝達人も、それが行われたという事実の証拠無くして容疑有る場所を捜索し、あるいはその犯罪が特に説明されず証拠によって支持されていない有る人または名前の無い人々を逮捕するよう指示されるかもしれないが、これは悲痛であり抑圧的なので認められるべきではない。

第11条 財産に関する論争および人と人の訴訟においては、陪審員による古来からある裁判が如何なる者にも好ましく、神聖なものとされるべきである。

第12条 言論出版の自由は自由の最大の防波堤であり、専制的な政府による場合以外では制限することはできない。

第13条 武器の訓練を受けた人民の集団からなる規律正しい民兵は、自由な国家の適度で、当然で安全な守りである。平時における常備軍は自由に対して危険なものとして避けるべきである。あらゆる場合に民兵は文民の権力に厳格に従い支配されるべきである。

第14条 人民は統一した政府を持つ権利を有する。それ故にバージニア政府から分かれたあるいは独立したいかなる政府もその領域内に樹立されてはならない。

第15条 自由な政府あるいは自由の恩恵は、しっかりとした公正さ、中庸、質素および美徳への執着によって、および基本原理への繰り返し回帰によって以外、護りえない。

第16条 宗教、あるいは創造主に対する礼拝とその方法は武力や暴力によってではなく、理性や確信によって指示を与えられるものである。それゆえに全ての人は等しく良心の命じるままに従い、信教の自由をおびる権利を有する。他の者との間にキリスト教的自制、愛情および慈善を実行することは、あらゆる者の相互の義務である。

ジョージ・メイソンによって起草され、バージニア会議で1776年6月12日に採択された。

これらの勇敢な父祖たちの死を無駄にしないために、神のもとで新しい自由を生み出し、そして、人民の人民による人民のための政治・統治がこの地上から失われてしまわないよう高らかに決意しなければならない。— エイブラハム・リンカーン

世俗主義 - Wikipedia
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例えば世俗社会の本質を描写したD.L.マンビーによれば、世俗社会は次のように特徴付けられる。

世俗社会は宇宙の性質と人間の役割についていかなるものであれ唯一の視点があるという立場を拒否する。
それは均質的ではなく多元的である。
それは寛容である。
それは個人の意思決定の範囲を拡張する。
あらゆる社会はいくつかの目的を共有するものだが、そのために問題解決の手法とルールの枠組みが構成員の間で共有され、同意されていなければならないことを意味する。世俗社会では可能な限りそれが最小限に抑制される。
現象の調査を通して、問題解決は理性的に図られる。
世俗社会はいかなる全体主義的な目標も設定しない一方で、それは構成員個人の目標を理解する助けとなる。
それはいかなる公的な偶像も持たない社会である。どんなことにでも応用できるような[社会から]是認された一般的な行為はない。
そして世俗社会の背後にあるポジティブな理念は
個人と小グループへの深い尊敬
全ての人々の平等。各人は各人の長所を理解し合うために助けあわなければならない。
身分制度や階級制度の破壊。

男女同権 - Wikipedia
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国際主義 - Wikipedia
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古典的自由主義 - Wikipedia
https://0e0.pw/VqvY

レッセフェール - Wikipedia
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見えざる手 - Wikipedia
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人は自分自身の安全と利益だけを求めようとする。この利益は、例えば「莫大な利益を生み出し得る品物を生産する」といった形で事業を運営することにより、得られるものである。そして人がこのような行動を意図するのは、他の多くの事例同様、人が全く意図していなかった目的を達成させようとする見えざる手によって導かれた結果なのである。

...he intends only his own security; and by directing that industry in such a manner as its produce may be of the greatest value, he intends only his own gain; and he is in this, as in many other cases, led by an invisible hand to promote an end which was no part of his intention.

— 『国富論』第4編「経済学の諸体系について」第2章

リバタリアニズム - Wikipedia
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右派リバタリアニズム - Wikipedia
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左派リバタリアニズム - Wikipedia
https://0e0.pw/cMZO

社会自由主義 - Wikipedia
https://0e0.pw/nXqk

社会民主主義 - Wikipedia
https://0e0.pw/Tyx5

福祉国家論 - Wikipedia
https://0e0.pw/qQry

自由民主主義 - Wikipedia
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草の根民主主義 - Wikipedia
https://0e0.pw/pD4e

戦う民主主義 - Wikipedia
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新自由主義 - Wikipedia
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@YingJingYuji 自由主義(じゆうしゅぎ、英: liberalism、リベラリズム)とは、政治や経済などにおける思想や運動や体制の類型のひとつ。

@YingJingYuji 啓蒙思想から生まれた近代思想の一つであり、人間は理性を持ち従来の権威から自由であり自己決定権を持つとの立場から、政治的には「政府からの自由」である自由権や個人主義、「政府への自由」である国民主権などの民主主義、経済的には私的所有権と自由市場による資本主義などの思想や体制の基礎とな

@YingJingYuji り、またそれらの総称ともなった。自由主義は政治や経済における多元主義でもある。自由主義の対比語は、政治学的には権威主義や全体主義、経済的には社会主義の計画経済などの集産主義である。

@YingJingYuji 「自由主義」や「リベラリズム」という思想や用語は、時代や地域や立場などにより変化している。初期の古典的自由主義(Classical Liberalism)はレッセフェール(自由放任)を重視して政府の権力を最小化する立場が多かったが、20世紀には社会的公正を重視して社会福祉など政府

@YingJingYuji の介入も必要とするソーシャルリベラリズム(social liberalism、社会自由主義)が普及した。

@YingJingYuji アメリカ合衆国では「リベラリズム」という用語は、このソーシャルリベラリズム(社会自由主義)の意味で使われる場合が多く、穏健な革新を目指す立場(中道左派)だとされる。この「リベラリズム」に対して本来の自由主義的な側面を強調する表現がリバタリアニズム (libertarianism)

@milton75213517 「全体主義と闘うためには、唯一つの事を理解する必要がある。全体主義は、自由の最も根源的な否定であるということをだ。」(アーレント)

@gwb_2010 全体主義 個人の自由や権利より国家の利益を優先させる考え方

@milton75213517 「民主主義は人間を、算術的単位、数学的にあらゆる他と同一視しており、有機的全体としての国民は原子に分解し、それから機械的集合として集められる」(ベルジャーエフ)

@anthropoaks すべての主義・主張やイデオロギーは世界の分離を創り出す。人道主義や博愛主義、そして平和主義でさえも。

@pot2629 左翼を国際主義的全体主義者とするならば、右翼は国粋的全体主義である。 両者は違うカラーを出しながら同じ思想、根っこを共有している。 どちらの方がましか、という問いはスターリンとヒトラー、毛沢東と蒋介石、どちらがましかを選ぶようなもので不毛である。

@DMBHFmb 「図書館の自由が侵されるとき、我々は団結して、あくまで自由を守る。」図書館の自由に関する宣言より…国家の為の名においてあるいは、全体主義的または共産主義、社会主義的思想によって国民の自由が侵害されるとき、私たちはあくまで自由を守るために戦い抜く。

@whatsdemocracy
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