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2013年02月24日18:01

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『ヒューゴの不思議な発明』 〜言ってみりゃ皆映画バカ。〜

WOWOWで放映していた『ヒューゴの不思議な発明』を見てみました。
このお話、映画創世記に活躍したジョルジュ・メリエス(『月世界旅行』を作った人で分かりますかね?顔のある月に、ロケットが突き刺さるシーンは、パロディとしても良く見ますよね)の史実部分と、フィクション部分を掛け合わせた映画なのです。監督はマーティン・スコセッシ。元々はブライアン・ セルズニックが書いた『ユゴーの不思議な発明』という小説なんだケド。

どんなお話しかと言えば。ちょっとネタバレになりますよ〜。
1930年代のパリ。ヒューゴと言う少年がいる。この少年の父親は、腕の良い機械技師で、博物館で修復の作業もしている。この父が、ある日、ごみ同然に捨てられていた機械人形を拾ってくる。父は、この機械人形をいたく気に入り、直そうとする。その人形についての状態などを手帳に詳細にメモする父。しかし、父は博物館で起きた火事に巻きこまれ、志し半ばで死亡。少年は、飲んだくれのクロード叔父さんに引き取られ、パリのモンマルトルの駅の時計の中に隠れ住む。少年も時計の修復などが得意で、モンマルトル駅の時計のねじ巻係だった叔父は、彼にその仕事を押し付け、何処かに行ってしまう。

ヒューゴは、機械人形は父の残した形見と思い、この機械人形を直そうと、駅構内にある玩具屋に行き、玩具を盗み、ねじを調達していた。店主はそれを見つけ、ヒューゴは捕まる。店主にポケットの中のモノを全部見せろと言われたヒューゴは、取ったネジの他、仕方なく持っていた機械人形のコトが書いてある手帳も出して見せる。それを見た店主は激しく動揺、その手帳を「亡霊」と呼び、その手帳は店主に取られてしまう。

意気消沈するヒューゴ。何とか手帳を返して貰おうと、店主の家に行くが、そこで、ひょんなコトから、この店主・・・ジョルジュと言うのだが・・の養女であるイザベルという少女と出会う。小説が大好きで、冒険大好きなイザベルは、手帳を取り返す手伝いをしてあげると約束する。

機械修復の技術を持っていたヒューゴは、ジョルジュの店で働きだすが、ある日、イザベルが「生まれてからこれまで映画を1本も見たコトがない。」と言う。ジョルジュが映画を見るのを禁じてると言うのだ。ヒューゴは言う。「僕は父さんと映画を沢山見た。父さんが初めて見た映画は、『月世界旅行』って言うんだ。月がロケットに刺さって、凄く驚いたって言ってたよ。」 

機械人形が直り、機械人形はある絵を描いた。それは『顔のある月にロケットが刺さった絵』。人形はその紙にサインをする。『ジョルジュ・メリエス』と。イザベルは驚く「何で?何で、パパ・ジョルジュの名前が書かれているの?」 どうやらジョルジュには秘密があるようだ。

貸本屋(だと思う)の店主と本好きのイザベルは仲良しなのだが、その貸本屋の店主は「映画アカデミー図書館で、映画のコトを調べたら?」とアドバイスをする。ヒューゴとイザベルはジョルジュのコトを調べ出す。とある本を見つける。そこにはジョルジュ・メリエスのコトも書かれていた。『ジョルジュ・メリエス。第一次世界大戦にて死亡』。「はぁ?」と訝しむイザベルの前に、この本を書いた教授が現れる。この教授は、ジョルジュの映画の大ファン。『月世界旅行』のフィルムも持っており、使われた小道具なども所有していた。教授は言う。「大道具係りだった兄に連れられて、ジョルジュの撮影所に行ったんだ。自然光を利用する為のガラス張りの撮影所。そこで僕が見たのは、夢の宮殿だ!」 今はジョルジュは映画を作っていない。教授は、多くの人間がそうだったように、ジョルジュも第一次世界大戦で死んだと思っていたと言う。

この話を聞き、謎を解く為に、ジョルジュの家を訪問するヒューゴ。最初、けんもほろろに、ジョルジュの奥さんジャンヌに「帰れ」と言われるが、ヒューゴが機械人形が書いた月の絵をジャンヌに見せると、彼女はひどく動揺する。
そんな折、ジョルジュが帰宅。2人はジョルジュの部屋に一旦隠れるも、その部屋で手帳探しを始め、イザベルが椅子に乗りクローゼットの上の隠し戸棚にあった小箱を取ろうとして、落下。小箱の中の紙をぶちまける。
その紙には、映画の草案と思しきイラストが沢山描かれていた。ジョルジュが駆けつける。動揺するジョルジュ。ジョルジュは、草案を破り捨て激怒。ヒューゴは家を後にする。

ジョルジュは人生に失望していた。失望し、好きだった映画を忘れようとしていた。この失望から救おうとヒューゴは画策する。教授に頼み、サプライズで、ジョルジュの家で、『月世界旅行』の撮影会をしようと言う作戦だ。映画を思い出して、人生の目的が思い出せれば、きっとジョルジュは希望が持てる。そして、孤児のヒューゴ自身も、生きる目的が見つかるのではないか・・と思う。
ヒューゴは、ジャンヌに映画を見せるコトに成功する。映画の上映会が終わった時。ジョルジュが現れる。ジョルジュは言う。「今でも何処いたって、映写機の音がすればすぐに分かるんだ。」

ジョルジュは、こんな身の上話をする。「自分はマジシャンだった。しかし、リュミエール兄弟の映画を知り、映画を作りたいと思った。私も手先が器用でね。マジックで使う機械人形を作っていたんだ。撮影用カメラを売ってくれと言ったが断られ、その機械人形の余りの部品で、自分で撮影用のカメラを作った。私は沢山の映画を作った。私の映画は人気だった。お客が沢山入った。皆、私の映画を見て楽しそうにしていた。やがて第1次世界大戦が勃発。映画より過酷な現状を見た人達は、私の映画を見なくなった。やがて私の映画は忘れ去られた。自分が起こした映画会社は破産。映画のフィルムはケミカル工場に売られ、靴の踵になった。私は、映画フィルムも小道具も衣装も全部焼いた。唯一焼くコトが出来なかったのは機械人形だけ。・・・その機械人形だけは焼くコトはどうしても出来ずに、博物館に寄贈したんだ・・・。飾られもせず、博物館は火事になったが・・・。そして、今は、貧乏な玩具屋の店主だ・・・。これが今の私だ。」

ヒューゴはその話を聞き、機械人形は無事で、自分の手元にあるコト。そして、それが動き、まだ、ジョルジュを忘れていない人達もいるコトを分かってもらおうとする。ヒューゴは、彼の住む駅の時計に戻ろうとするが、そんな折、クロード叔父さんが川で死亡しているのが発見される。もし、自分が、時計台に隠れ住んでいるコトがバレたら、警察に捕まり孤児院行きである。ヒューゴは、捕まらず、作戦を成功させ、ジョルジュの人生は、変わるのか?

そんなお話。

映画のストーリー自体は、割と単純と思うのですが、子供には良いメッセージだと思うのです。「目的をもてば希望が生まれる」とかね。
ヒューゴのお父さん役に、ジュード・ロウが出ていて吃驚した。冒頭だけ正味5分程度の出演。5分の為にジュード・ロウとは豪華だな・・と思ったら、最後のクレジットにWIHT JUDE LAW とあったので、日本で言うところの“特別出演”みたいなモノなのかな?とちょっと思う。
あと、ムッシュ・ラビス(貸本屋・・本屋かな?の店主)役に、クリストファー・リー。これは嬉しい。

鉄道公安官とのやりとりも良い感じではある。公安官は、孤児を捕まえるのが仕事なので、ヒューゴを捕まえようとするも、この公安官自身も元孤児なんだね。そして、心を殺して生きて来た。最後、ジョルジュの元へ、機械人形を届けようとして、駅に戻って、公安官に捕まって、「コレを僕は届けなくちゃいけないんだ!それが僕の人生の意味なんだ。アナタなら分かるでしょう!」と必死て言うところとか、結構良いシーン。

コレ、揚げ足取りみたいになっちゃうが。フランスが舞台なのに、皆英語で喋ってる(笑)。でも、コレ、洋画マジックだと思うのだが、そんなに違和感がないのは不思議だね。冷静に考えると変なのに(^_^;)。
これ、アカデミー賞5部門だか取っていて、撮影賞、視覚効果賞、美術賞などなど・・なんか、アカデミー賞って、どんだけ賞があるんだ!って思うと同時に、映画って、総合芸術なんだな・・と思いました。

あと、コレ、3Dにするの前提で作ってるので、仕方ないんでしょうが、列車がつっこんでくるシーンが不自然に入ったりするのが、個人的には、うみゅ〜・・でした。娯楽作だから、つじつまとか、考えちゃダメ!ってのも分かるのだが。おそらく、リュミエール兄弟の列車の映画(シネマトグラフ)で、当時の観客は、吃驚して身を伏せた(列車に轢かれると思ったからね)・・と言うのもかけてて、『今で言うと、3Dでこんな感じ!』ってのをやりたいってのも分かるんだケドね・・・。

脇役の人達。駅に来ている犬連れたマダムと、男性とか、公安官と、公安官が好きになった花屋の女の子とか、そんな関係も結構可愛い。
そして、撮影賞とってるだけあって、影の美し方が美しかった。

と、実は、ここまでが前フリ。前フリ長っ!
何なら、粗筋部分、読まなくても良い。(笑)

それに関連して、『メリエスの素晴らしき映画魔術』と言うドキュメントをその後に放送してですね。映画より、そっちの方に私はいたく感動してしまったのです。

映画内で『月世界旅行』のカラー版が流れるんですね。
カラー版と言っても、カラーフィルムじゃないですよ。1906年の映画ですから。彩色映画と言って、一コマづつ人力で色を塗ると言う、そんな手間のかかったモノなのです。スゲエ小さいアニメのセル画に色塗るような感じ・・で分かるかな?アニメファンしか分からないか(^_^;)。そもそも今はセル画もないケド・・・。
 
で、この『月世界旅行』のカラー版を、復元した映画バカたちの話なのです。
何でも、1993年に、スペインから、この『月世界旅行』が発見されたんだそうです。で、コレクターでもあり、映画監督(なのかな?)でもある方が、このフィルムを入手し、修復しようと試みる。1906年の映画ですよ?フィルムは結晶化して、カッチカチ。それを、蒸気に数か月あてる・・と言う方法を編み出し、ミリ単位ではぎ取って行く。幸いなコトに、フィルムの外だけ硬化していただけで、映像は無事なモノが多かったらしいのだが、破損や、傷なども多い、多い。

正味20分の映画を、この方8年かけて、ミリ単位で剥がしちゃ、デジタル撮影する・・と言うコトをやる。この方曰く「あまりに途方もないので、時間は考えないようにした。仕事じゃないから締切もないしね。」 そして、この人は、こう言った。「大変だったけれど、楽しい時間だった。」 これ、仕事じゃないからです。仕事じゃないから楽しいんですよ、きっと。8年ですよ?20分に8年。ちょっとづつ、ちょっとづつ。

で、デジタルデータは出来上がったけれど、コレを完全に復元する技術もお金もなかった。それで、今度は8年このデジタルデータは寝かされる。そこに2010年大変革が!お金を出してくれる人が現れ、フランスの国立の映画保存なんちゃらみたいな組織が参入。
欠損してるカラー版『月世界旅行』の欠けてる部分を、現存するモノクロ版『月世界旅行』からかき集め、デジタルデータ化。それを、PC上でモノクロ画像に彩色し、カラー版に嵌め込むというコトをする。でも、技術的に難しくて、最終的に技術屋のスーパーマンと呼ばれるお人・・・おじいさんだったが・・・に依頼される。その方の言葉が恰好良い。

『困難なことはすぐやれ。不可能なことには少し時間を』
くぅ〜。しびれるねぇ〜、技術屋のおじいちゃん!

この言葉の元、不可能と言われた、カラー版の『月世界旅行』の完全復元は進むのです。
オペレーターさん曰く「PCで調整して、手作業の塗りムラも残すようにしたんだよ。」 「普通の映画だったら、やらない技術だね。」と話していた。ありとあらゆる、プロフェッショナルが、膨大な時間と自分の持ってる技術を使って、復元していた。でも・・・楽しそうなんだよ!(笑)
で、結果、復元までかかったトータル時間(直す技術がなくて寝かせてた時間も含めて)なんと、20年!
20分くらいの映画に20年費やしたんですよ。

映画で流れた『月世界旅行カラー版』は、まさにコレなんですね。
で、そのドキュメンタリーの後に、その復元された『月世界旅行』も放送された。
綺麗だったぁ〜・・・。でも音楽はいらないかも・・って思った(^_^;)、無声映画だから、音は後付だと思うんだが。音楽ないと変な感じになるからなんでしょうね。話は荒唐無稽で今見ると、どうってコトはないのかも知れないが、1906年の映画だもの〜。

で、いわば、このプロジェクトに関わった人達は、映画バカです。みんな、みんな、映画バカ。でも、そんな映画バカの愛情で、こういう昔の映画も残り、修復・復元され、私たちは見られるのか・・・と思いました。
映画に捧げる無上の愛情。否、何も映画だけじゃない。表現モノって、コレがあるんだ。表現に捧げる無上の愛情。私だったら、さしずめ、笑いと耽美にさね。この無上の愛ね。もう、堪らんね。
「この映画バカどもハート」と、ハート付きで言いたくなっちゃう。

あと、前述のヒューゴ〜の映画の中で、ヒューゴが、イザベルと見ていたのは、昔のサイレント映画だったしなぁ〜と思い出したり。

前述のドキュメントは、メリエスの生涯のコトもやったのだが、メリエスさんって、裕福な靴職人の子供だったんだね。でも、自分は商売より、エンターテイメントが好きで、英国で見たマジックに感動して、マジシャンになったらしい。で、遺産(と言うか、資産分与かな?)を使い、自分で劇場をたてて、マジックを見せていた。凄くお客が入って大盛況の劇場だったが、リュミエールの映画と出会い、映画を作る・・と言うのは、ヒューゴ〜の映画のまんまだった。映画会社が倒産して、多くのフィルムを焼いたと言うのも本当らしい。映画監督がインタビューで「監督としては信じられないよね。ある意味自殺だったのかな?」と言っていた。
過去の自分を全て消したかったのかな、メリエスさん。
で、映画フィルムをケミカル工場に売って、撮影所も売却して、そのお金で小さな玩具屋を買ったのも、本当だったんだねぇ。メリエスさん玩具屋さんやってたんだぁ〜。映画監督として活躍したのは16年程度。でも、その16年に500本の映画を作り、今は、そのうちの80本程度しか残ってはいないそうな。
技術に凝る人で、特撮技術も多く使っていたと。今で言ったら、リュック・ヴェッソンって、インタビュー受けてた監督が言ってた。今でいったら、VFXやら、3Dやら使いまくりみたいなモノか。
そんなコト、何も知らなかったよ、私。
あと、当時は著作権なんて感覚なかったから、海賊版がバンバン出ちゃったとか。エジソンとか、勝手に、コピーしたメリエスの映画を上映してたらしいよ(^_^;)。なので、後に、メリエスは、アメリカで、スタジオの商標登録をとっていた。でも、映画自体が、メリエスの好む、芸術エンターテイメントから、産業になり、映画=商品になってしまい、劇場に拘ったメリエスは古い人になってしまったんだって・・・。

ジョルジュ・メリエスって名前は知ってた。でも、それって、19世紀末に活躍した映画監督なので、19世紀末好きの私は知っていただけだったんだなぁ〜・・・と改めて思いました。

ヒューゴの不思議な発見の日本語字幕の特別予告編。画像が直接貼れなかったので、URLを乗せておきます。

https://www.youtube.com/watch?v=jSJ71pX3RdE
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