元北海道日本ハムファイターズ、埼玉西武ライオンズ、福岡ソフトバンクホークスで活躍されたブライアン・ウルフ(Brian Wolfe)投手が、45歳という若さで亡くなられたというショッキングなニュースが飛び込んできました。
あまりにも早すぎる訃報に、言葉を失っています。
NPB通算9年間で残したパ・リーグ優勝4回、日本一2回という圧巻のキャリア。まさに「勝利を呼び込む助っ人」として、日本のプロ野球界に大きな功績を残してくれた最高の投手でした。
■ 2010年、救世主となった「先発転向」と10勝
ウルフ投手が来日した2010年、当初は中継ぎ(セットアッパー)として入団しました。しかし、夏場にチームの先発陣が手薄になる苦しい事態に陥った際、当時の梨田昌孝監督からの打診を受けて先発へと転向。
シーズン途中の転向でありながら、打たせて取る抜群のピッチングスタイルで次々と勝ち星を重ね、いきなり10勝(7敗)をマークしました。チームのピンチを土壇場で救ってくれたあの安定感とタフさは、今でも語り草です。
■ 2012年10月1日:優勝前夜、プレッシャーを跳ね返した伝説の8回無失点
ウルフ投手のファイターズ時代で特に忘れられないのが、リーグ優勝を果たした2012年の終盤戦です。
優勝への極限のプレッシャーがかかる10月1日、ソフトバンクとのカード初戦。マウンドに上がったウルフ投手は、相手打線を8回無失点に完璧に抑え込む圧巻の快投を見せて勝利(マジック1)をもたらしてくれました。
このウルフ投手の命がけの好投があったからこそ、翌10月2日の胴上げ(リーグ優勝決定)へとつながったのは間違いありません。
■ パ・リーグ3球団で愛された最高の助っ人
ファイターズで先発の一角としてリーグ優勝に貢献した後は、ソフトバンク、西武でもその能力を存分に発揮し、どのチームでも頼れる存在としてファンから深く愛されました。
ゴロを打たせてテンポよく打ち取るスタイルと、マウンドで見せる頼もしい姿、そして温かい人柄。彼が投げる日はどこか安心感があり、チームを何度も勝利へ導いてくれました。
45歳という早すぎる旅立ちは本当に寂しく、悔やまれてなりません。
ウルフ投手、日本で見せてくれた数々の素晴らしいピッチングと熱い記憶を本当にありがとうございました。
心よりご冥福をお祈りいたします。
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【日本ハム】公式Xがウルフ氏を追悼「心から哀悼の意を表します」10年〜13年にプレー
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8952702
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