私の祖父の命日は4月7日である。
彼は戦艦大和と共に命を散らした。
その日は祖父の命日であると共に大和の命日でもある。
昭和20年4月7日、坊ノ岬沖海戦が繰り広げられる。
それは戦艦大和の最期の決戦だ。
祖父が大和に乗っていたのか、あるいは駆逐艦に乗っていたのか、定かではない。
どのような最期だったのか、知る由もない。
溺死したのか、
それとも漂流しているところを米軍の機銃掃射を受けたのか、
それも分からない。
分かっているのは昭和20年4月7日の午後、
大和と共に命を落とした、ということだけだ。
坊ノ岬沖海戦の敗北は事実上の日本の敗戦を意味する。
だから終戦記念日は4月7日といっていい。
その後の戦いは全く無意味なものだ。
坊ノ岬沖海戦での敗北の後、日本軍は降伏するべきだった。
そうしていれば多くの日本人の命を救えたはずで、
祖父の死は尊いものになったはずである。
ログインしてコメントを確認・投稿する