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2021年03月27日10:54

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耐震は再構築の拒否か。

組織とは改善の連続であり、その改善が間違っているかなされないと終わる・・・という実感があります。
ところが、改善とは多くの人にとって不安と苦痛でしかなく、昨日と同じ内容を昨日のようにできることが安定であり安心だという、潜在的な共通意識も実感としてあります。

大災害というとどう考えても悲劇であり、避けるべきものだといことには異論はありません。ただ、その方向性に100%邁進するという方向性は少し怖い気もします。

数百年単位で続く大都市は、必ず途中で大災害を経験します。水害や震災などの自然災害もあれば、大火や戦乱といった人災もあるもの、その際に統一された意志による再開発で効率を高め、都市としての寿命を永らえてきたのではないかと思えるのです。一方で、そうした災害に耐えきれない都市は消えていくことになります。

そのような視点では、現代の人間は災害対策を重ねるあまり、再建による効率化の可能性を捨てていると見ることもできます。どれほどの大災害であっても、その土地が誰に権利があるのか確定できてしまう・・・というのは個人視点では良いことですが、
「もうどこがどこだかわからん!これを期に一大都市計画を!」
みたいなことは難しくなったといっていいでしょう。個人のものを簡単には取り上げられない政治制度、現時点で価値がなくても将来を見越して権利だけ購入できる経済制度、すべてが高度化され、ある意味では逃げ場のない状況にむかっています。

実際に、近代以降、都市がなかなか消滅しないように思われます。一例として東京大空襲ほどの被災をした場合、遷都されてもおかしくないのですが、結局はそのまま再建されました。東京は立地的に膨大なキャパシティを備えています。広大な平地(関東平野)、世界的に例を見ない規模の港湾(東京湾全体)、大容量の上水(利根川)、天候災害を軽減する山林(箱根〜日本アルプス〜)など、もともと都市としての能力が高い立地だからだと思います。このような場所の場合、なにかきっかけがないと世代交代がなされず、じりじりと老いていくのではという危惧もあります。モータリゼーション黎明期に建てられた都市計画は現時点で確実に容量不足であり、効率の悪い密集空間で東京都民は淘汰圧を受けていると言ってもいいように思います。

もちろん、「大災害で大都市は滅ぶべき」という主張ではないのですが、高度に築き上げた技術の果てに人類が淘汰圧を受けているのだとしたら、それはそれで皮肉ですね。


■大地震確率、東北の太平洋側で上昇 余震の影響を考慮
(朝日新聞デジタル - 03月26日 17:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6461235
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