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2021年02月19日18:53

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高山岩男著『世界史の哲学』における歴史哲学的思索の意義 その二

第二章 〈特殊的世界史〉と〈普遍的世界史〉から
 高山は、現代世界史を、特殊的世界史と普遍的世界史との関連によって成立するものとする。そしてこのような世界史の理念に基づいて、従来の歴史哲学を徹底的に批判的検証を加えることによって、新たな歴史哲学を構築しようとした。高山は自由らいの歴史哲学において�猯鮖棒�即時間性�瓩箸いμ吉稟重�前提に対して歴史性に対する地理性の重要性を説いた。世界史は地理的制約によってあるいは時代区分によって特殊的世界史を形成し、それらの特殊的世界史が相互に関連し合うことによって普遍的世界史が成立するとする。
では、特殊的世界史と普遍的世界史との相互関連によって成立する世界史は何によって動かされ、そして世界史的世界が形成されていくのであろうか。そして現代において世界史はいかなる方向に創造されていくべきであると、高山は考えるのであろうか。
高山は、近代世界史において歴史性における地理性が地理決定論にとどまることを批判し、�猯鮖砲涼詫�性�瓩紡个靴騰狠詫�の歴史性�瓩鮴發�。�狠詫�の歴史性�瓩箸蓮崟こ�史はその根底に非歴史的自然性を成立の基盤として有している。地理的環境の非歴史的基盤を媒介としつつ、それと人間主体の自発的な企画的労働との綜合が行われるところに、初めて歴史性が成立するのである。歴史は悠久なる自然の中で、自然になき人生を創造するところに、開始せられるもの」なのである。そして高山はこのように自然的地理的環境と人間主体との呼応的合致によって世界史が成立するとするのである。高山が「歴史の地理性と地理の歴史性とは、相互に媒介し合って、ここに世界史を成立せしめるのである。そして地理と歴史との結合する境を、私は地理的環境と行動的主体との関係から考察し、両者の呼応的合致に真実の綜合の成立し来るべきことを解明し、ここを天人合一の境と称した。ところによって異なりつつ而も動かし得ない文化の個性的絶対性なども、ここから成立するのであって、世界史はこのような個性的絶対性の連関や連続に存することを論じたのである。」と論じる所以である。
しかしながら高山は「地理的環境に対応するこの主体に関しては、なお諸種の問題が残っている。それが人種と民族の間の問題」なのであり、�狃�種の問題�瓩箸蓮◆嵜夕錣簗餌欧箙駝韻隆屬砲鰐昔討紛菠未�考えられることが少なく、恰も地理的現象の自然主義的把握から地理的決定論が成立したように、人間集団の自然主義的把握から人種主義(人種決定論)の如き思想さえ成立している。」とする。ではこのような�狃�種の問題�瓩鮃盪海呂匹里茲Δ鵬魴茲靴茲Δ箸靴燭里任△蹐Δ�。高山によれば、歴史性と地理性との関連性に�猯鮖砲涼詫�性�瓩鉢狠詫�の歴史性�瓩魘菠未垢詆�要があると論じたのと同様に、歴史性と人類という関連においても�猯鮖砲凌洋狎��瓩鉢狄洋爐領鮖棒��瓩箸魘菠未垢詆�要があり、両者の関係を考えなければならないとする。そして高山は、「然るに人種の歴史性から考えられる歴史的な人種、即ち歴史的世界に於ける人種は、もはや自然的な意味の<人種>といわるべきものではなく、文化的な意味の<民族>や政治的な意味での<国民>に外ならないのである。」と論じて、人種、民族、国民を区別しつつ、その間の関係を明らかにする必要があるとするのである。
高山は、歴史的現実において歴史の人種性、即ち歴史に働く人種的・自然的・生命的基体を重視しなければならないとする。それは歴史的現実が地理性を抜きにしては論じられないとの同様に、人種性を抜きにしては論じられないのである。しかしながら人種は歴史的現実においては歴史的なものでなければならない。つまり人種というものも歴史的に成立し、歴史的に形成せられると考えられねばならない。
高山は、「歴史的基体として既に歴史的世界に存する限り、人種なるものも一面では歴史的なるものとして歴史的現実の成員でなければならぬ。換言すれば、それは自然的基体であると同時に、既に歴史的基体でなければならぬ。」と、人種においても人種の歴史性と歴史の人種性とは相互に媒介しつつ、世界史を成立せしめると論じる。そして歴史的基体としての人種が人間社会を構成する場合には、人倫的意義を有するのである、つまり人種とは歴史的・人倫的基体であり、一定の秩序を構成する制度的な構想力が働くので、そのような基体は「最も根源的な意味に於ける国民或は国家」にほかならないである。
歴史的現実において人種は何等かの国民として存在し、国家を形成している。民族についても同様であり、さらに一つの民族が一つの国家を形成するとは限らず、複数の民族が共同して一つの国家を形成したり、反対に一つの民族が複数の国家に分裂している。このような仕方で人種は、自然的基体にして歴史的・人倫的基体として国民的・国家的に歴史を動かせていくのである。「国家はそれ自身歴史的な所産であると共に、歴史を動かす最大の勢力である。」国家は歴史的世界において建設されると共に歴史的世界において滅亡するという、歴史的所産であると共に、歴史的世界を動かしていく最大の勢力でもあるのである。
では、このような世界史的世界を創造していく国家は現代世界史においていかにあるべきなのだろうか。高山は�狷端貪�世界史�瓩箸いΩ渋綫こ�史の理念に基づいたあり方をすべきであるとする。
具体的には、「地理的・歴史的・経済的な連帯性や人種的・民族的・文化的な親近性を基礎として、その上に緊密な政治的統一性をもつ世界であることが要求せられている。そしてこの政治的統一性は或る国家を指導者として構成せられることが現実に要求せられ、そこにはいわゆる主権の質的分割と新たな配分的組織」として、共栄圏的な国家観を提唱するのである。もちろん、このような国家観は、<近代国家の主権概念を以ては、基礎づけることはできない>ものであろう。
しかしながら�犇畭絅茵璽蹈奪僂旅餡噺桐�を否定するもの�瓩茲Δ聞餡抜僂魴�設するところに、歴史的現実世界において<世界史的世界>である現代的世界を成立させていくことができるとするのである。高山は地理的・運命的な共同的連帯を基礎とし、しかも新たな道義的原理によって結びつけられた共栄圏的な国家をアジア的世界に建設することによって、近代ヨーロッパ世界を一つの特殊的世界と相対化することができ、そこに真の世界史的世界としての現代的世界が成立するのである。<大東亜共栄圏>の建設を目的とする�狢臈谿\鐐茘瓩寮こ�史的意義もそこにあるとするのである。


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