この記事に書いていない部分も含めて現代の学校は自分たちの時代とは随分色々なことが変わっているようです。「肌色」ということばを使わなくなったのは、日本の学校にも色々な国にルーツを持つ人たちが入学するようになって、いわゆる「ポリティカルコレクトネス」の配慮が必要になったということでしょう。
歴史については、ここ数十年の研究の進歩がようやく教科書に反映され始めたということでしょうが、一部の団体の圧力で重要なことが削られたり、わざと不正確な記述にされている部分もあるようです。
その一方で指導力が不十分な教師が、クラスの秩序を保つため画一的なルールを押しつけるような管理の仕方をするなど良くない習慣が今も続いている様に感じます。それどころか、更に悪くなっている部分もあるような気もします。
以上述べたことはすべて私の感じていることです。批判や反論は歓迎ですが、考え方の違う方との議論は致しかねますので予めご了承ください。
■消えた「はだ色」、聖徳太子の名称変更 小学校の「新常識」
(AERA dot. - 01月29日 17:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=173&from=diary&id=6394321
元の記事 AERA.
https://dot.asahi.com/wa/2021012700048.html
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