近年、すべからくの誤用が増えている、という。「全て」の意味で使われている(と推察できる)文が増えているのだという。
すべからく自体は、自体はすべく・あるらくであり、
(まるで)そうすべきであるように → 当然のこととして
と意訳的に現代語訳できる。
辞書的には、「当然。なすべきこととして。」だそうだ。
で、なぜこの語が「全て」と誤解されているのかが面白い。
もともとすべからくは係結びの関係を持つ文章(厳密な係結びではないが・・・)であり、すべからく〜すべしという形で使用される。漢文の読み下し文のお約束的なやつだ。
例:志あるならばすべからく勉学に励むべし
という形である。
これが一旦、「すべからく全て」という形で誤用される。
ただし、この誤用はかなりグレーな誤用だ。
例:疫病について、新聞は多くの投書で賑わった。すべからく全て政権への批判であった。
という形だ。係結びを崩しているので、慣用句的な意味では不正解。
しかし、すべからくを「当然のように」と単独で定着させた上で使う場合、文法上は意味が通る。
この誤用を踏まえて「すべからく全て」の省略形、ないし混同された上での「すべからく=全部」という誤用に発展するわけで、いわば二段階誤用となっている。
「すべからく全て」という表現は一時期よく見た記憶があるのだが、今ネットで検索しても見つけることができない。このまま「すべからく=全部」の誤用が定着した場合、未来の人はこの誤用のルーツを辿れないのではないかと思うと感慨深い。
すべからく
すべし
すべて
偶然ながら差替えの効く似た音の言葉に応用されし、それをベースに誤用が広まるというのはレアな感じがする。
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