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2019年10月12日13:02

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『久松真一仏教講義』全四巻を買う

昨日、ついに『久松真一仏教講義』全四巻を購入してしまった。全四巻を購入したといっても全巻揃いの『久松真一仏教講義』を購入したわけではない。まずはある古本屋で「第一巻 即無的実存」を1万700円で購入し、残りの第二巻から第四巻までの三巻セットを別の古本屋で2万1千円で購入したのである。

『久松真一仏教講義』全四巻は、全巻揃いで買おうとすると、8万6千円から4万9千円の値段がついている。今回、わたしはその四巻を3万1千円で購入した。一巻当たり7千7百円で購入したことになる。新刊では一巻当たり税抜きで1万3千円もする。それを考えれば、そんなに高価な買い物をしたということでもない。

しかし今のわたしにとって古本に3万1千円も使うことは贅沢であると言う誹りを受けることは十二分に覚悟しているが、しかしそれでもわたしは『久松真一仏教講義』が欲しかった。著作集ではなく講義集であるので幾分は読みやすい内容かと思っているが、いかがであろうか。

久松真一の魅力は、単に禅仏教を宗教哲学的に開明していこうとするだけではなく、久松真一自身の禅体験をもとに、茶道や絵画などの�狒吉�術のジャンル�瓩砲發修療�学的思索の範囲を広げているところにある、『茶道の哲学』という著作は、単に茶道を嗜む人だけではなく、広く日本文に関心を持つ人にも読まれているようである。ただ単に宗教哲学というジャンルに留まるのではなく、広く�狒吉�術�瓩房臑療�に取り組まれる姿勢に久松真一の魅力があるのである。

「不立文字」と禅宗では言われる。しかし禅宗には禅語録や詩歌、偈といった�狒喫験忰瓩噺世錣譴襯献礇鵐襪�ら水墨画や枯山水の石庭等の�狒吉�術�瓩噺世錣譴訐こΔ泙派�広く日本文化に影響を与え続けてきた。しかし禅宗で言われている「不立文字」とは、どこか言葉を超える世界、境地を物語っている。�狒蟻慮貝瓩砲呂匹海�この「不立文字」という雰囲気がある。言葉を超え出たところから言葉のなかへ入り込むところに「不立文字」という�狒蟻慮貝瓩�ある。下村寅太郎先生は、その�狎湘津�学の宗教的体験的側面から西田哲学を受け継いだ人�瓩箸靴撞彎梢唇譴鬚△欧討い襦5彎梢唇譴箸論湘津�学における�狒蟻慮貝疆�側面から西田哲学を受け継いだ人なのである。わたしにはこんな�狒蟻慮貝瓩鯏�学的思索とする久松真一に惹かれているのだ。

わたしは学生時代に理想社版の『久松真一著作集』「第一巻東洋的無」と「第二巻絶対主体道」だけの二冊であったが読んでも歯が立たなかった。会社勤めするようになって法蔵館版の『久松一著作集』を全巻まとめて購入した。西谷啓治先生が最近久松真一先生の本を買う人が増えているが、久松信先生の哲学を本当にわかっている人はほとんどいないと言われていたが、まさにその通りである。

わたしが『久松真一仏教講義』にこだわったのは、「第一巻即無的実存」のなかに昭和12年から13年に行なわれた「宗教学概論」が収められており、その「宗教学概論」はかつて恩師・原野栄二先生が燈影撰書の一冊として『久松真一の宗教学概論』という形で世に問うことを考えておられたのである。それだけに読んでみたかったのである。

また「第四巻事々無礙」には、昭和17年に行なわれた「正法眼蔵演習」や「正法眼蔵・講義メモ」も収められている。久松真一の正法眼蔵も読んでみたい気がしたのである。

いずれにせよ、ついに3万1千円で『久松真一仏教講義』全四巻を購入した。さて置き場を作らないといけない。
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