今日で独り暮らしをはじめて、丸3年になり、明日より4年目に入る。
しかしこの1年、わたしにとってよくわからない出来事が肺ついで起こった。
昨年の12月に父が亡くなり、今年の8月に母が亡くなってしまった。父と母が亡くなってしまったという出来事はいまだにわたしのなかで理解することができていない。
ただ、理解することができようと出来まいとに関係なく、父と母はもうこの世にはいない。このことだけは全然として事実なのである。
父と母はいま、あの世である浄土にいるという。では、その�狆�土�瓩箸呂い�なるところであり、一体どこにあるのだろうか。
金子大栄師は、�狆�土�瓩箸惑以�者の信心の自覚の内にあり、「浄土とは人生に意味を与える、意味の世界である」といい、星野元豊師は浄土とは「仏と人間との�犒觜臈性瓩任△襪箸いΑ�
星野元豊師は、浄土とは仏と人間との関係性がそこにおいて成立するところの�狎簑侈掬�場所�瓩任△襪塙佑┐蕕譴討い襪函◆愍�土―存在と意義』からそのように読み取った。
�狎省�浄土�瓩箸いΑ△修劉狎省��瓩琉嫐�を一度、久松真一を偲ぶ会の講演で山内得立先生か西谷啓治先生かが話されていた記憶があるが、どのようなことだったのかということはわかっていない。しかし�狎省��瓩箸蓮�単に�狷�の沈むところ�瓩箸いΔ海醗幣紊鵬燭�特別な意味があるということだけは覚えている。
最近、時々父と母の夢を見るときがある。二人はまだ若く生き生きと生活している頃の姿をしている。あの世では、その人の一番よかったころの姿に戻れるということを何かで見たことがあるが二人はいつも忙しそうにしかもニコニコして明るく暮らしている。そんな夢を時俺見ることがある。
今日で独り暮らしを始めて丸3年となり、明日より4年目に突入する。アマゾンマスターカードに申し込み、無事最終審査にも通ったらしいが、未だカードの現物は届いていないが、カード番号をアマゾンのわたしのページそのものが認識しているらしくすでにカードでの買い物も可能となっている。アマゾンもいちいちヘルパーさんに振込に行ってもらわなくても買い物ができるようになった。
父と母がいない、この世という世界を生きていくことになってしまっている。父と母がもういないという実感がないままに、わたしはその世界に投げ出された形で、父と母がもういない世界を生きている。一体いつまでこの世界でこんなふうに生きていかなければならないのか、自分のことであるが、自分にもよくわからない。よくわからないままに生きていくことを余儀なくされている。そんな形で、そんな在り様でわたしは独り蔵歯を始めて四年目の世界を生きていく。
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