■42歳で発達障害と診断された女性。「ほっとした」後にやってきた苦悩
(日刊SPA! - 03月25日 16:22)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=81&from=diary&id=5552768
鮭は赤身の魚
今となっては恥ずかしいことに、飲酒する年齢をとうに過ぎても、そんな風に思っていた。
今は、鮭が白身の魚だと知って、過去の自分を恥じ、思い出しては悶絶する日々を送っている。
記事の女性は、自分が発達障害だということに気づかなかった昔は、相手の嫌味に気づくこともなく平穏でいられたが、自分が発達障害だということに気づいた今は、過去の相手の嫌味に今さら気づいて傷ついている。
苦悩する理屈は私と同じだと思うけど、件の女性を苦しめているのは、そのことに拘ってしまう特性を持った発達障害だからでしょうか?
で、その苦しみを生む拘りから解放されるには、発達障害の特性に合った方法で、別の楽しみを生む拘りにすり替えていけばいいと思うけど、どうでしょう?
発達障害の記事が出ると、発達障害に批判的なつぶやきや日記など書く人がいますが、発達障害への理解がないから書くわけですよね。
将来、発達障害への理解が深まった時、過去の自分のことをどう思うか?
それが恐ろしいから、理解できてもずっと理解したことを認めないという方法もある。
鮭は赤身の魚だと言い張るわけです。
同じように鮭は赤身の魚だと言い張る人達とは仲良くできます。
中には発達障害の批判を展開する理屈が発達障害の特徴的な理屈だったりするのだけど、
やっぱり知らないということは幸せなんだな。
ログインしてコメントを確認・投稿する