東洋経済オンラインからメモ。
リード部分の文言がダメダメなんですけど、記事はよかったです。正直な記者さんだ。そしてアスペルガー症候群である取材対象のジュンイチさんには、おそらく記事でほのめかされた指摘は一切届かないに違いないと思わせられました。「もうちょっとなんとかなりませんか、あなた」と記者さんは終始感じ続けています。正直な記者さんだー。
私の感想は、「誰も悪くない。当人も社会も悪くない」です。東洋経済オンライン的には「社会が悪い」にしたいのがミエミエなんですけど。ジュンイチさんのような個体がまともに生き延びられあまつさえ社会に意見を発信できる時代が。歴史の中にたとえわずかの間でもあっただろうかと疑問が浮かびます。まったくなかったに違いない。今の社会はいいですね。社会が担当するべき平等はかなり歩みを進めています。
誰も悪くないんですけど、ジュンイチさんは定食屋に4時間居座って追加注文をせず、そしてなんの気付きも反省もありません。誰も悪くないんですけど、定食屋さんは大迷惑です。売上も落ちるでしょう。もしかしたらジュンイチさんのような人を嫌って近寄らない客も出てくるかもしれません。
https://toyokeizai.net/articles/-/251763
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現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。
今回紹介するのは「アスペルガー症候群で無職歴15年です。大学時代の人間からは無職ということで縁を切られたり自殺を勧められたりしました」と編集部にメールをくれた、生活保護を受給する41歳の独身男性だ。
ジュンイチさん(41歳、仮名)から取材場所として指定されたのは、ある有名チェーンの定食店だった。数時間にわたって話を聞くことは知っているはずだ。なぜ、よりによって客の回転が速い定食屋? しかも、約束した時間帯はランチ時だというのに……。
事前に、喫茶店かファミリーレストランでと、こちらの希望を伝えていた。これに対し、ジュンイチさんは自宅近くには適当な店がないという理由で、ギョーザや丼ものがメインの定食店を指定してきたのだ。
電車で1駅分足を延ばしてくれれば、繁華街があるのに……。その分の電車代は、私が負担しますと言ってみようか。こちらで場所を変更したら、気分を害されるだろうか。
私は迷った末、店内の込み具合をみながら、場合によっては途中で店を変えようと考え、まずは約束した定食店に赴いた。
(後略)
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(超耳)
「暗黙の了解がわかっていない」とジュンイチさんが述懐する項目のどれもが「暗黙」などではないことにも驚愕します。物の本に書いてあることばかり。私は就職前には物の本を何冊も読みましたよー。就職してからも会社や上司の恥になってはいけないと思って勉強しました。ジュンイチさんは?
>スーツに真っ赤な靴下を合わせて出勤したり、先輩社員らが残業している中、真っ先に帰宅したり、専用ソフトを使った自宅研修を命じられたのに、従わなかったり――。
ということらしいんですけど。(記事2ページめ)
「空気」とか「暗黙」とかの要素ありません。必ず誰かが言葉にしているはずのこと。
知っていて、選んで従わなかったのではと思わされる例ばかり。要するにジュンイチさんは嘘をついていると私は確信します。最後の例なんて明確に「暗黙」ではない指示に違反していますよね。こんな人は職場にいてもらっては困ります。
>現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。
こんな事実誤認のたわごとを書く人が東洋経済オンラインで記事を書けるほど、社会はよくなりました。間違っているのですが、「結果平等」が当たり前で他人に迷惑をかけ不勉強な人でも幸せになれて当然だという認識を持っている人がいるんですね。そしてその間違いを修正しないままマスコミのお仕事をするまでに至った。すごい。そんな錯覚に気づかないくらいの社会なんですね。「平等は昔からずっとあったけれど今は平等が破壊された」なんて思えるほどあまねく行き渡ったんですね。
数十年で長足の進歩というほかありません。
きっとほんの七十年ほど前までの社会では絶対に幸せになることが不可能だった人たちが、少なくとも「幸せになるべきだ」と思われている。幸せになるべきだと思っていること自体には、私も東洋経済オンラインの人たちも違いはありません。
たぶん違うのは、彼らが「社会が悪い。悪くなっている」という大間違いをしでかしていて、私がそうではないことだなあ。なんで彼らはそんなに無能なんでしょうね。今回の記事を担当した記者さんは、ジュンイチさんがダメな理由に気づいているし今後も決して幸せにならないことを確信しているでしょうに。どんな社会になっても、定食屋さんにとってジュンイチさんは歓迎すべからざる客です。変わることはありません。
記事、矛盾していますよね。貧困強制? ジュンイチさんが客として良質にならずしてどうやって定食屋さんに好かれるんでしょうか。ひるがえってジュンイチさんが労働者として良質にならずしてどうやって職場で歓迎されるんでしょうか。
矛盾が露呈しています。記事内で書かれている事実で、彼が決して労働者として良質にならないだろうことが強く確信できるじゃないですか。ということは、背理法的な思考により、前提が間違っているということがわかります。ジュンイチさんの例において、現代の社会は貧困強制社会ではありません。社会は悪くない。ジュンイチさんは誰も悪くないけれど幸せにならないのです。現状。
物の本を読むだけでも、ジュンイチさんの不幸は軽減されるに違いないのになあ。
誰も悪くないんですけど、どうしてジュンイチさんは本を読まないんでしょう?
読まない自由があるすばらしい世の中で、ジュンイチさんが本を読まないことを選ぶのは、どうして? 他者から疎まれる存在でいつづける自由があるすばらしい世の中で、他者から疎まれる方を選びつづけるのは、どうして?
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