ときおりは、言わないといけないですよね。死ぬほうを選びたいときもあったでしょう。でもとどまってくれてありがとう。
私の知人・友人が生きていてくれることは嬉しいなあ。
>「居場所がこの世界にもあるということを伝えたかった」
心強く思います。
谷本仰さんのような方がいて、もしかしたら私や私の知人・友人になるかもしれない人が助かったかもしれません。知らない人でも、嬉しいですけど。
◆
■「死ぬな、にげろ」ツイート後に起きたこと……教会を「24時間365日開放」する牧師の思い
(ウィズニュース - 05月21日 07:01)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5119416
5月も後半になりました。ゴールデンウイーク後、クラスになじめない…学校に行きたくない…と思っている人もいるのではないでしょうか?「居場所」がないと悩む人は少なくありません。昨年8月、「死ぬな、にげろ」というツイートが話題になりました。投稿者は北九州市の牧師・谷本仰さん(@aogoomuzik)です。実際に教会に逃げてきた子もいました。谷本さんがツイートに込めた思いとは?
【マンガ】学校で高評価だったのに…なぜ社会で通用しない? 解説漫画に大反響
全部読まなくてもいいです、これだけ覚えておいて
【谷本仰さんのメッセージ】
・死ぬな、にげろ
・この世界にも居場所はある
・近しい人に「しんどい」と伝えて
「逃げていいと言う大人が必要」
谷本さんは元ホームレスの方と小中学校、高校、大学をまわり、経験談や「生きてさえすれば未来はある」のメッセージを伝える「生笑一座」という活動をしています。
一度、家を失った大人が語る「生きて」の言葉を聞いた子どもから「実は死んでしまいたいことがありました」と告白されることもあったといいます。
そんな谷本さんは昨年、夏休み前後に自殺する子どもが多いことを知りツイートを思い立ちます。
「居場所がこの世界にもあるということを伝えたかった」
そして「死ぬな、にげろ」とツイートしました。
このツイートは2万近くリツイートされました。実際、9月1日には、教会に若者2人が「逃げて」きました。
ピアノを弾いたりおかしを食べたり、ゆっくり過ごして帰っていったそうです。
谷本さんは「ツイートを見た人たちが本当に来てくれるかどうかではなく、逃げていいと言う大人がいることも伝えたかった」と話します。
死にたい今を、どう乗り切るか
谷本さんは、ツイートに込めた思いを、次のように語ります。
「『死にたい』と思う今を、どう乗り切るかだと思います。死にたいほどつらいことがあっても、後から振り返ると『あの時、死ななくてよかった』と思うのではないでしょうか。大事なのは、その思いを受け止める人がいるかどうかだと思います」
「その『受け止める場所』の一つが教会であってもいいんじゃないか、と思うのです」
谷本さんは「受け止める場所」作りについても取り組んでいます。
「『死にたい』と本当に思ったときに、知らない場所に来る人はいないんじゃないかと私は思います。普段から知っているところに行くのかなと」
そのため、谷本さんの教会では、水曜日に地域の人が教会に集まり、一緒にご飯を食べる「水曜ご飯」を続けています。
食卓を囲む前の1時間は子どもたちの学習支援。その流れで夕食を一緒に食べるという取り組みです。
「他にも、教会に大人が集まってお酒を飲むこともあるし、そもそも24時間365日、うちの教会は開放しています。居場所であり、逃げ場であり、相談する場でありたい」
だまされたつもりで生き延びて
とはいえ、逃げこめる場が近くにないという子もいるはず。
谷本さんは「しんどい子は、近しい人に『しんどい』とメッセージを送ってほしい」と呼びかけます。
その上で「大人も『死ぬな』と発信し続けてほしい。少し長く生きている分のことしか話せないけど、そう言ってくれる大人にだまされた気になって、生き延びてほしい」と訴えています。
生きづらさを抱える10代へ「#withyou」
withnewsは4月から、生きづらさを抱える10代への企画「#withyou」を始めました。悩んで悩んで、どうにか乗り越えた人たちの生き方をのぞいてみませんか? みなさんの生きづらさも聞かせてください。
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(超耳)
繰り返し記事で登場するワードが「居場所」です。
つねづね私も使っている言葉です。人は居場所がないと感じると死にたくなるのだと思っています。
このような方も思っているんだなあと知ることができました。居場所を奪い追い詰めることは人を死なせることなんですよね。
たとえ最後の居場所がアニメや漫画や動画だったとしても、それを奪えば活力を取り戻すというわけではない。そのことも覚えておきたいものですよね。
「生きていてくれることが嬉しい」というのは同時に覚悟を試されることでもあります。「たとえアニメ漬けになっていても」「ゲームばかり四六時中やっていても」言い続ける、という覚悟を。
ちょっと怠けているように見えるともうプラスの言葉をひとつも言わなくなる人は「逃げていい」「生きていてくれることが嬉しい」を言い続けることができません。覚悟が足りない甘ったれなんですよ。自分はちゃんとやれと言った!というアリバイが欲しいだけなんですよ。
世の中の親御さんにも覚悟を持っていただければと願います。
追い詰め、奪い続けて殺す人が、少なからずいますから。
他人が尽くしてやっても、どんなに恵まれたチャンスが訪れても、無駄にしてしまうクズもいるかもしれません。そういう人は最後には救えないこともあるんでしょう。
けれども、「生きたい」と思ってくれる(たとえ自分自身では「死にたい」だとしても、身近な人のために消極的に生を選ぶのでも「生きたい」です!)のなら希望を持ち続けることができます。
たぶん「生きたい」は「よりよく生きたい」と不可分なんですよ。「豊かに生きたい」でもいいし「楽しく生きたい」でもいいです。そのような言い換えと抱合せで「生きたい」んですよ。どんな人でも。
今は逃げ場がアニメとかゲームとかにしかなくても、希望はあると思います。
生きていれば、チャンスがあれば、その何回目かには「よりよく生きる」ほうを選ぶ希望があると思います。
「夢を応援」などという麻薬同然の悪に身を委ねぬよう気をつけましょう。そうしつつ、「よりよく生きる」方策を探していきたいですよね。
「生きているだけでいい」なんていう残酷な言葉も控える強い心を持ちたいものですよね。切羽詰まっていない人は全員が。
不思議に思いませんか。重い病や障害を抱えている人が最後まで戦い抜いて生を最大限に引き伸ばして生きた例がたくさんあること。
辛いから死を選ぶのではないと私が推測する根拠でもあります。
辛くても、「よりよく生きる」ことができるのなら、人はあれほども耐える力がある素晴らしい生き物なんですよね。
「あなたが生きていてくれることが嬉しい」というメッセージを受け取る人生は、そうではない人生と比べて格段によりよく生きている人生だと思います。そのメッセージに値する人に面倒がらずにメッセージを届けることが、誰にでもできる素晴らしい偉大なことなんじゃないかなあ。
おカネでは買えません。生身の人間にしかできません。一人で百人分を代行することもできません。
SNSには「イイネ!」があるのが素敵ですよね。
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