「無関心はイヤだ」「誰も私に興味を持ってくれない」「見てもらえないのが寂しい」「誰にも気づいてもらえないのが怖い」
という気持ちが満載の記事でした。
でもこの方式はダメですね。最初から見えている袋小路です。
無関心が怖くて怖くてたまらない。そういう気持ちはわかります。SNS利用者として自分にもどこか無関心を恐れる気持ちがあると思います。
でも機械に生活を通知されることでしか満たせない脱・無関心は情けないですよね。ヒトは賢いのですぐに気づいてしまいます。「自分には本当は誰も関心を持ってくれないんだ」「機械が通知してくれるから自分が生きている情報が届いている。それだけだ」って。
孤独は尊いものだと思います。けれども、傲慢な言い方ですが、孤独を尊いと言える人は前提として煩わしい人間関係を豊富に体験していないといけません。いろんな人からのアクセスで常に受容の限界を感じ、ビジー状態が続くことが辛くてたまらない。そういう体験を持つからこそ孤独が尊いんですよね。
松重豊さんが街で食事するドラマの冒頭パートにどうして顧客や友人との一幕が入るのでしょう?
顧客や友人からのアクセスが楽しくもあり苦労もあり時間を奪うものであり生活の糧であるからですよね。それらは必要なものでありながら反面、煩雑なんです。ほのぼのとした一幕として描かれることも多いのですが、それでも孤独の対極の、いっとき脱出したい日常なんです。「あれ毎回入れる必要あるの?」は無知と無関心の徒が言うこと。学ぶものがありますよね、孤独のグルメ。(すごいなあテレビドラマ!)
つかの間わがままになれる時間を大切にしたいですね。
玄関のドアが開いたとか冷蔵庫を見たとか、知られないほうが幸せです。そんなことは他人にも価値がないんですから。
関心は、他の面で獲得しましょう。
最大の策は子や孫や甥や姪を持ち、なんやかんやと関わること。特別な才能なんてなくても等身大の愛で十分に役目を果たしてくれるんだと思います。
もちろん最大の策が最良の策だとは限りません。係累を新たに持つことにデメリットを感じる向きもごくごく稀にいるようですから(結婚はコスパが悪い、とか聞いたことがありますよ。本気の人は少ないと思うんですけど)、そういう場合にはほかにもいくらでも策はあると思います。
『孤独のグルメ』でゴローちゃんが独身設定なのも、ドラマのシーンを引き立てるのに都合がいいですよね。家族を食べる食事がある場合にはそこで満たされるものが多すぎて、外食がちっとも映えません。食事が煩雑な日常からのオフの状態(孤独)を満たすという設定は絶対に必要ですよね。
関心はどうやって獲得したらいいんでしょう? 係累に頼らない場合は。
努力や才能が人並み外れて必要なことですが、創作をたしなんで一定水準を超えることができれば、これも他者からの関心を満たしてくれるように思われますよね。
pixiv隆盛の理由はそこにありと私は感じているのですけれど。創作が関心を呼んでくれる。いい仕組みのように思われます。
インスタグラムも似たような作用があるんでしょうね。ただ、誰でも手軽にできるもので関心を買うのはちっとも長続きしないし虚しいことだろうなーと簡単に推測できるんですけど。
足あと機能とか、相互フォローとか、手軽で気軽に脱無関心できるかもと思わせる機能はSNSには満載されています。
毎日毎日ぼくらは鉄板の上で無関心を恐れて全力になっちゃうよ、という感じです(リズム悪いな!)。やっぱりぼくは少し焦げあるたい焼きくらいにしか代わり映えのしない個体だったりするんですよね。お金持ちだったらモモイロサンゴとかで着飾って他人の関心を集めるという手もあります。お金がいっぱいあったらいいなという願いは究極的にはまあそんなところが背景ですよね。お金なら関心が買えるかもしれない、という儚い期待。
最大の策の、あまりに強力なこと。他の策の、なんと維持が難しいこと。
「たまには育児から解放されたーい!」
素晴らしい台詞だと思います。
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フリーランスや単身世帯の「孤独問題」 ロボットは孤独を救えるか
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=32&from=diary&id=5082358
リモートワークやフリーランスといった働き方の多様化が進み、今世界中でミレニアル世代と呼ばれる若年層を中心に一人暮らしをする人が増えている。
【その他の画像】
彼らの悩みの1つが「孤独」。そんな彼らの孤独感を解消しようとする、IoTを駆使した「脱・孤独サービス」が、韓国、北欧、そして日本と、世界中で続々と誕生している。
●「今誰か帰ってきたよ」 友人・家族の行動を逐一通知
「Fribo」は、韓国の首都ソウルにある延世(ヨンセ)大学、第5の都市テジョンにある国立大学KAIST(Korea Advanced Institute of Science and Technology)の共同研究グループが、一人暮らしをするミレニアル世代の若者向けに開発したロボット。ネコのような耳を持つ愛らしい見た目が特徴だ。
Friboは、独自の機械学習アルゴリズムを搭載し、友人や家族間のコミュニケーションを促進するのだが、そのやり方は一風変わっている。
ユーザーの生活音――例えば、ドアを開け閉めする音や電気を点ける音、冷蔵庫を開ける音などを聞き分け、その行動内容を他のユーザーにFriboを介して音声で伝える。その通知がユーザーがチャットや電話などを始めるきっかけになるという。
例えば、グループに含まれるユーザーの1人が帰宅したとする。すると、Friboは玄関のドアや電気のスイッチ音などを感知し、他のユーザーの自宅にあるFriboを通じて、「誰かが玄関のドアを開けたよ。帰ってきたみたいだね」と音声で教えてくれる。
また、誰かが冷蔵庫を開けると、「誰かが冷蔵庫を開けたみたい。何を食べようとしてるんだろうね」などと伝えたり、グループ内で一番帰宅が遅かったユーザーに「他のみんなはもう帰宅してるよ」と声をかけたりする。
こうしたあらゆる声かけに対し、他のユーザーがFriboの近くで2回ノックする音を発するとFriboはそれを感知し、元のアクションをしたユーザーに「今何してるの? 〇〇(ノックしたユーザー)が気になってるみたい」と話しかけ、3回拍手をすると、SNS上の「Like」のように反応を示せる。
Friboは、人間の声の認識精度は低く、録音機能も非搭載。その代わり、先述のように生活音を聞き分けたり、超音波センサーや気温、湿度、光を感知するセンサーを使ったりして、ユーザーの行動や居場所を把握する。
●「脱・孤独」ビジネス、韓国だけでなく世界中で誕生
Fribo開発の背景にあるのは、ミレニアル世代を中心とする若年層の一人暮らしの増加。帰宅後に孤独を感じている彼らが、同じ境遇にいる友人や家族ともっとコミュニケーションを取れるように、と開発された。
若年層の一人暮らしが増加しているのは韓国だけではない。米国では2017年時点で、全人口の42%、35歳以下の若年層だけを見れば61%が一人暮らしであり、その割合は年々上昇傾向。日本でも、90年には全世帯の23.1%だった一人暮らし世帯の割合は、15年には34.5%にまで上昇している。
人は孤独を感じると、身体的にも精神的にも病にかかるリスクが高くなるといわれる。近年は、単に一人暮らしの増加だけではなく、リモートワークやフリーランスなど新しい働き方が浸透してきたことも、人々が孤独を感じやすくなっている一因かもしれない。
Friboのような「脱・孤独」ビジネスは、世界中で誕生している。例えば、自宅をオフィスとして解放してもいい人と、それを使いたい人とをマッチングするサービス「Hoffice」。13年にスウェーデンで始まり、現在はデンマークなど世界102都市で利用されている。
また、ノルウェーのスタートアップ「No Isolation」は、離れていても一緒に会議や授業に参加しているかのような臨場感を生み出すロボットを開発している。
日本でも、パナソニックが離れた家族をつなぐコミュニケーションツール「Famileel」を開発。自宅に設置されたデバイスの側を通ると、遠く離れた家族の自宅にあるもう1つのデバイスが光り、電話やチャットをしなくても相手の気配を感じられるというもの。
●プライバシーに対する考え方に文化が出る?
先ほどのFriboに話を戻すと、同サービスではユーザーの行動は匿名で通知される。とはいえ、プライバシーの観点からすれば、自分の行動が逐一友人・家族に報告されるというのは、少し身の毛のよだつことかもしれない。
しかし、Friboが開発された韓国では1カ月間のトライアルを終えた人々から、意外にも次のようなポジティブなフィードバックを寄せられたという。
「友人の行動を知らせてくれるので、テレビをつけるのとは違う」
「友人が何をしているか想像がつき、まるで同じ家の別の部屋で生活をしているみたい」
「朝、友人が身支度をしているのに気が付くと、自分も少し早く起きてみようかと思う」
韓国では友人同士の物理的・精神的な距離感が、日本に比べて近いといわれる。そうしたお国柄も、Friboのようなつながりを感じられるロボットが誕生する背景にあるのだろう。
実際、開発元の研究者は、「Friboが違った文化を持つ他の国でもポジティブに受け止められるのかは分からない」と話している。Friboは現在プロトタイプの作成段階であり、研究者たちは今後さらに長期のユーザーテストを実施し、改良を重ねていく予定だ。
Friboは韓国ならではのアイデアかもしれないが、少なくとも人々の孤独を解消するサービスへのニーズが世界中で高まっていることは確か。今後、日本ならではの「脱・孤独」商品も生まれるかもしれない。
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(超耳)
「脱・孤独」と記事では書かれています。
社会的にまだそんな程度なの? まだその内側に莫大な水量をたたえた「無関心怖い」の海を見て取っていないの?
それとも真実を指摘されるとあまりに恐ろしいからオブラートに包んでいるの? 心が傷ついちゃうから「誰も君には関心などない」ということを指摘せずに済む書き方をしているのかな?
でもですよ。
問題を解決するためには、問題そのものと向き合うことが不可欠なんです。
足あとの数もイイネ!の数も、「無関心怖い」をいっときやわらげるのみではないんですか?
自分の中にある「無関心怖い」がものすごい量の時間・カネ・労力・心の力(真実を自分にだけは見せないための力)を消費し続けるんです。
愛されている子どもが彼らを見る私たちを安心させるのは、彼らは周りの大人たちの関心を一手に引き受けているからという側面があるのだと思います。関心を持たれていることが当たり前で、あったかくて、いいですよね。一方で、不自由で、孤独の対極にあります。子どもは早く大人になりたいと思う瞬間があるものです。
子どもではない私たちは別の手段で「無関心怖い」と戦わねばなりません。
戦っている人を応援することもまたしなければならないんでしょうね。
「たまには声を聞かせてよ」「今度ごはんでも」「次にお会いするときには」みたいな言葉が交わせる人間関係、貴重ですよね。ネットだったら関心の深い分野では意見を交換できたりする間柄で十分かと思います。血の繋がりがないのに関心が維持しているなんて、すごい!
>「友人の行動を知らせてくれるので、テレビをつけるのとは違う」
世界がもし自分だけが生きている人間で残りは紙芝居のようなものだったら?
ということを考えてしまう台詞ですよね。
一度でも思ってしまったらダメでしょうね。
「あれ、機械がテキトーに通知を送ってくるのと何が違うんだろう」
って。
なにも違わない。
誰もがお前に無関心でお前のことなど見ようと思わないのだ。
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