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2018年03月25日12:06

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「鹿をさして馬となす」のですね、朝日新聞。

 弱者のためにならない言葉狩りをしないでほしいと切に願います。

◆

■「徘徊」使いません 当事者の声踏まえ、見直しの動き
(朝日新聞デジタル - 03月24日 21:46)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5041357

 認知症の人が一人で外出したり、道に迷ったりすることを「徘徊(はいかい)」と呼んできた。だが認知症の本人からその呼び方をやめてほしいという声があがり、自治体などで「徘徊」を使わない動きが広がっている。

 「目的もなく、うろうろと歩きまわること」(大辞林)、「どこともなく歩きまわること」(広辞苑)。辞書に載る「徘徊」の一般的な説明だ。

 東京都町田市で活動する「認知症とともに歩む人・本人会議」メンバーで認知症の初期と診断されている生川(いくかわ)幹雄さん(68)は「徘徊と呼ばれるのは受け入れられない」と話す。散歩中に自分がどこにいるのか分からなくなった経験があるが、「私は散歩という目的があって出かけた。道がわからず怖かったが、家に帰らなければと意識していた。徘徊ではないと思う」。

 認知症の本人が政策提言などに取り組む「日本認知症本人ワーキンググループ」は、2016年に公表した「本人からの提案」で、「私たちは、自分なりの理由や目的があって外に出かける」「外出を過剰に危険視して監視や制止をしないで」などと訴えた。

 代表理事の藤田和子さん(56)=鳥取市=は「『徘徊』という言葉で行動を表現する限り、認知症の人は困った人たちという深層心理から抜け出せず、本人の視点や尊厳を大切にする社会にたどり着けない。安心して外出が楽しめることを『当たり前』と考え、必要なことを本人と一緒に考えてほしい」と話す。

 こうした意見を受け、一部自治体が見直しに動く。福岡県大牟田市は、認知症の人の事故や行方不明を防ぐ訓練の名称から「徘徊」を外し、15年から「認知症SOSネットワーク模擬訓練」として実施する。スローガンも「安心して徘徊できるまち」から「安心して外出できるまち」に変え、状況に応じ「道に迷っている」などと言い換えている。認知症の本人の声を尊重したという。

 兵庫県は、16年に作成した見守り・SOSネットワーク構築の「手引き」で、「徘徊」を使わないと明記、県内市町にも研修などで呼びかける。名古屋市の瑞穂区東部・西部いきいき支援センターは、14年に作成した啓発冊子のタイトルを「認知症『ひとり歩き』さぽーとBOOK」とした。「いいあるき」という新語を使うのは東京都国立市。「迷ってもいい、安心できる心地よい歩き」という意味を込め、16年から始めた模擬訓練で用いている。

 厚生労働省は、使用制限などの明確な取り決めはないものの、「『徘徊』と言われている認知症の人の行動については、無目的に歩いているわけではないと理解している。当事者の意見をふまえ、新たな文書や行政説明などでは使わないようにしている」(認知症施策推進室)とする。

 推計では、認知症高齢者の数は15年時点で500万人を超す。25年には約700万人に達すると見込まれている。

     ◇

 朝日新聞は今後の記事で、認知症の人の行動を表す際に「徘徊(はいかい)」の言葉を原則として使わず、「外出中に道に迷う」などと表現することにします。今後も認知症の人の思いや人権について、本人の思いを受け止め、様々な側面から読者のみなさんとともに考えていきたいと思います。

■解説

 認知症をめぐる言葉は歴史とともに変化してきた。「徘徊(はいかい)」については医療・介護の現場からも「時代にあわない」と問題提起がなされている。

 認知症の人が道に迷うのは、場所や時間感覚がわかりにくくなる「見当識障害」が原因とされる。長く第一線で認知症診療にあたってきた精神科医の松本一生さんは「経験上、(道に迷う)認知症の人の7割ほどは、何かしら理由があって歩き、必死になって道を探している」と話し、新たな言葉に言い換えていくべきだと指摘する。

 介護関係者らが使用停止を呼びかける動きもある。兵庫県たつの市のNPO法人播磨オレンジパートナーは、「歩く目的あり。徘徊と言わないで!」というメッセージ入りの缶バッジをつくった。賛同した全国の介護関係者らとともに16年から「撲滅キャンペーン」を展開する。「認知症をニンチと言わないで!」という呼びかけとセットだ。

 「認知症」はかつて「痴呆(ちほう)」と呼ばれ、「何もわからなくなった人」との偏見にさらされた。侮蔑的な表現であるなどの理由で、厚生労働省が「痴呆」を「認知症」と改めたのは04年のことだ。その後、名前や顔を隠さず思いを語る本人が次々にあらわれた。

 「徘徊」の言い換えについて「認知症の人と家族の会」(本部・京都市)の鈴木森夫代表理事は「本人が傷つく言葉は使わないほうがいい。認知症の正しい理解のために言い方を変える取り組みは大切だ」と理解を示す。同時に「言葉だけ変えても介護の現実は変わらず、『散歩』『外出』では伝わらないと感じる家族の気持ちもある。表面的な言い換えにとどまらず、行動の理由や家族の思いを理解しようとする姿勢が必要だ」と指摘する。

 朝日新聞はこれまで記事や見出しで「徘徊」を使用してきた。私もその一人だ。あるとき「行方不明」になりかけた状況を、認知症の80代男性が自らの言葉で語るのを聞いた。懸命に周りを見渡して場所の手がかりを探す、その不安と恐怖が胸に迫り、「何もわからぬ人」が「目的もなく」ではないと腑(ふ)に落ちた。個人の体験ではあるが、本人の思いに身近に接する人が増えるほど、この問題への理解は進むと感じる。

 一方、適切な言い換え表現がないなどの理由から、「徘徊」はなお広く用いられている。今回の見直しは「私たちは使わない」という朝日新聞の姿勢を示すものだが、使用する立場を批判する趣旨ではない。

 認知症とともに生きるとはどういうことか、どんな支えが必要なのか。言葉の問題を一つの入り口として、読者と考えてゆけたらと思う。(編集委員・清川卓史)

◆

(超耳)

>「徘徊(はいかい)」の言葉を原則として使わず、「外出中に道に迷う」などと表現することにします。今後も認知症の人の思いや人権について、本人の思いを受け止め、様々な側面から読者のみなさんとともに考えていきたいと思います。

 言葉は伝達のためのコードです。そこだけは守らなくてはなりません。
 ぜひ考えてください。
 言い換えにより伝達が困難になる悪い未来を作るのは避けましょう。
 徘徊したなら徘徊と言い、しなかったなら言わない。そこだけが大事だと思います。

 以下、メモ。

◆

バカ・馬鹿(ばか) - 語源由来辞典

馬鹿は、サンスクリット語で「無知」や「迷妄」を意味する「baka」「moha」の音写「莫迦(ばくか)」「募何(ぼか)」が転じたとされる。 日本では、鎌倉時代末期頃から「ばか」の用例があり、室町中期の「文明本説用集」には、馬鹿の異表記として「母娘」「馬娘」「破家」をあげ、「とんでもない」の意味で「狼藉之義也」と説明している。 以上のことから、「ばか」を「馬鹿」と書くのは、当て字と考えられる。 馬鹿の語源の俗説には、『史記(秦始皇本紀)』の故事「鹿をさして馬となす」からというものがある。これは、秦の趙高が二世皇帝に、鹿を「馬である」と言って献じた。 群臣は趙高の権勢を恐れて「馬です」と答えたが、「鹿」と答えた者は暗殺された。
バカ・馬鹿(ばか) - 語源由来辞典
gogen-allguide.com/ha/baka.html

◆

【徘 徊】
�〔榲�もなく,うろうろと歩きまわること。うろつくこと。 「夜の巷(ちまた)を−する」
��葛藤からの逃避,精神病・認知症などにより,無意識のうちに目的なく歩きまわること。
https://www.weblio.jp/content/%E5%BE%98%E5%BE%8A

◆

(超耳)

>散歩中に自分がどこにいるのか分からなくなった経験があるが、「私は散歩という目的があって出かけた。道がわからず怖かったが、家に帰らなければと意識していた。徘徊ではないと思う

 最初は徘徊ではなく散歩であったけれど、途中で目的がなくなった(わからなくなった)なら途中から徘徊です。

 傷ついたという理由で言い換えを望む人は傲慢ですよ。徘徊老人を探したり保護したりという他人の迷惑をなんだと思っているんでしょう。認知症だからといって横車を押すのはやめましょう。そして可能な限り徘徊を予防する手段を自分でも考えましょう。迷子札は持っていますか? それとも迷子という言葉も傷つくから言い換えますか? 痴呆ではなく認知症だけれど、そろそろ認知症という言葉も傷つくようになっていませんか? 老人だけれど老人という言葉に傷ついていませんか? 高齢者という言葉ももう傷つくようになってきましたよね?
 バカバカしい。

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