山下さんの心を何度もよぎっただろう復讐心もさまざまな思いもこらえて世のために亡くなった娘さんのために耐えてくださっていることをありがたく思います。
娘さんの不幸をご両親の手でいっそう救いのないものにしないために、ご両親は清く生きて人生をまっとうするんだと思います。お母様、最期まで耐えてくださったこと、素晴らしいと思います。お父様、今もなお耐えてくださり、敬意を覚えます。
◆
■彩花さん父が手記「静かに命日を」 神戸児童殺傷21年
(朝日新聞デジタル - 03月23日 12:55)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5039189
神戸市須磨区で1997年に起きた連続児童殺傷事件で、被害者の一人の山下彩花(あやか)さん(当時10)が亡くなってから23日で21年を迎えた。父の賢治さん(69)は「静かに命日を迎えたい」などとつづった手記を公表。事件後、各地で命の大切さなどを訴えてきた妻の京子さんが昨年6月、61歳で亡くなっていたことも明らかにした。
賢治さんは手記で「命の尊さ、生きる力の大切さを伝え続けてきた妻の京子は乳がんの闘病の末、亡くなりました」と明かした。
昨年の彩花さんの命日に、京子さんが報道各社に寄せた手記から「家族が20年をかけて学んだのは、『試練の中でこそ魂が磨かれ、人の幸せを願う深みのある優しさと、倒れても立ち上がろうとする真の強さが育まれる』ということです」「体験し学んだことを丁寧に社会にお返ししていくことが、私たちの役目だと確信しています」という言葉を引用。賢治さんは「これが現在の私の心情そのものであり、妻亡き後も変わりはございません」とつづった。
彩花さんは1997年3月16日、当時中学生だった加害者の男性(35)に金づちで頭部を殴られた。京子さんは事件後、小中学校や企業などで「命の大切さ」を伝える講演に力を入れてきた。
◆
(超耳)
人が死ぬというのは事件性がなくても大変なことです。
誰も悪くないけれど、多くの人が傷つく。それに迷惑だってかかります。
仮に復讐のために殺す人が現れた場合、「この人は復讐で殺してくれる」と考える者が現れるかもしれません。「死刑にしてほしかったから」という理由で通り魔をやったと言う者がいるんですから。
次に狙われるのはさらに弱い誰かかもしれないのです。
画像は、つぶやき欄から。
安易な復讐を唱えて満足するような浅く小さな器の人間もいて、あまつさえいいねを集めています。
ほんの少しの時間も考えることに使わないのでしょうか?
ヒトとして生まれてそんなに小さな存在のまま過ごし、その程度で終わるんでしょうか?
きっとそうなんでしょうね。無価値な人もいるんですね。
透明な人たち。
ログインしてコメントを確認・投稿する