mixiユーザー(id:33240433)

2015年11月09日11:22

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論理におけるエッシャーの階段。

記事は借りただけ。書きたいことを書く。


論理には階層がある。
階層が低いと、高い階層の論理には反論できない。
もちろん、反論したように見せることはできるのだが、
論理的に読解していくと反論になっていない。

例えば、「ただしイケメンに限る」という、流行り言葉に反論しようとするmixi記事が先日あった。
女性にアンケートを取り、その結果が「全体として、顔では選ばない」ことを示し、
『男性のいう「ただしイケメンに限る」』という皮肉は間違いだと結論する。
これは、証明の手順としては正しく見えるが実際には不足している。
「ただしイケメンに限る」という皮肉は、
「なんだかんだと理由をつけても最後は顔だよね」という意味であり、
「アンケートではそういう結果でも、実際にはイケメンが好きなんでしょ」という論理構造なので、
論理としてはいくらシンプルなアンケートをとっても反証したことにならない。


このような論理の階層の不足を最近よく見かける。
論理という階段を、反証で登っていくように見せて、実際の階層は上がっていない。
論理におけるエッシャーのだまし絵の階段だと言っていい。


自転車に関するつぶやきで、
「歩道が空いているのに我が物顔で自転車が路側帯を走るのがムカつく」
というものがあった。
このつぶやきは2重に間違っているので、※
「法律を置き去りに自分の感情を優先するなら免許返納しろ」という趣旨をつぶやいたところ、
「でも、自転車が邪魔だと感じるのは事実ですよ。」とご意見があった。
確かにそれは事実だけども、それを踏まえた上で「ルールを守れ」と言っているわけで、
それは「当然、論理に織り込まれている」のだ。


政治でもこの手のミスリードは多い。
「自民党の衆議院の議席率は60%、投票率は50%、掛け算すると30%だから、
 自民党を支持しない人は70%(2/3以上)もいるのだ!
 そんな党の案が数の論理で通るなんておかしい(←この行は意訳)」
これはテレビ朝日(古舘)が報道番組で実際に宣った渾身のギャグだが、
その論理が通るのであれば、
民主党(15.3%)を支持しない人は93%もいるのでその意見は省みる必要がなく、
共産党(4.4%)を支持しない人は98%もおり、社民党(笑)ということである。
自分の言った内容が分かっているのか、古舘。
古舘の論理は左派の人に感銘を与えたらしく、
mixi日記も含め各所で目にするが、これは完全な詭弁であり叙述トリックだ。
一般に棄権した人を政治勢力として考慮しないのは、考慮するとこのような矛盾が発生するからで、
古舘の発言は新しくもなんともなく、
「すでに投票の分析の中に無投票=棄権として織り込み済み」なのだ。


左派は現行の右派政権を引き摺り下ろすべく、実に様々な政治制度を考案するが、
個人的な観察では、そのほとんどが「歴史的に間接民主主義の中に織り込まれている」と言って良い。
本人たちはおそらく、間接民主主義の欠点を指摘し、画期的な提案をしていると思うのだが、
よくよく考えてみると実効性がなかったり、無意味だったり、現行の制度の言い回しを変えただけだったりする。


最初に挙げた、「ただしイケメンに限る」というのが事実だとは言わない。
しかし、反証には方法が必要であり、論理としての階層が低いと反証にはならない。
また政治や経済など、多くの分野で画期的な新提案がないとは言わないが、
ほとんどの方法論は歴史的な積み上げのなかで取り込まれ、織り込まれている。
新しいことを思いついたら、最低限一周するまでは考えてみないと堂々巡りを主張するだけのことになる。

論理におけるエッシャーの階段は、上がっていったつもりで足元にたどり着く。
それを「根源的な指摘」と捉えることもできるが、
個人的には「織り込み済み」と表現すべきケースが多いような気がする。
もっとも、多くの人はこれに気づく読解力はないようで、それはそれで残念でもある。




論理におけるエッシャーの階段は、専門用語ではなく私が勝手に作ったので、よそで使うと恥をかきますよ(親切心)



※
1)自転車は本来車道を走るべきもの
2)道路左側に歩道がある場合、そこに路側帯は存在しない。


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