いい言葉が見つからないけど。
個人の立場に立てば、「いいこと」なんだよね。
嫌な相手が悪人で、自分は被害者で。
そんな相手をブロックアウトできれば「ああせいせいした、これで満足だ」と。
ただ、その連鎖をマクロの視点で見た時、それが本当に正しいのかはよくわからないんだ。
もちろん、記事のような一方的で明白な事例は全く問題がない。
けれども、私たちの人間関係はもっと曖昧で、
持ちつ持たれつとかお互い様の精神で保っている部分も大きいのではないかと思うんだよ。
例えば、嫁姑問題はネットでも話題になる。
いまのお母さんとおばあちゃんでは圧倒的にお母さんのほうがネット使用率が高いから、
ほとんどがお母さんによる、義理の母親の悪口だ。
けれども、確率分布から考えて、男性の母親はアホで頭がおかしく、
女性の母親は賢く聡明ということはあり得ない。
女性側が男性側の家庭の文化を否定していると考えていい。
それはなんらかの形で歩み寄るなり距離を置くなりして、
それでも相手を人間として付き合って行くべきなのだけど、
「こういう仕返しを義理の母親にしてやりました!」
「絶好宣言をしてやりました!」
という武勇伝が跋扈し、またそれが快哉を呼んでしまう現状はその歩み寄りを拒否している。
自分に不利益をもたらすものは腹立たしく不愉快ではあるものの、
それは本当に敵なのか、10年後でも30年後でも一縷の悩みなく敵と言い切れるのかというのは難しい。
これを「そうなんです!敵に間違いありません!!」という人がいたら、
その人自体が「対話不可能な」相手だろう。
その人のいまの主観がすべてなのだ。
セクハラストーカーDV・・・などに始まるわかりやすいワードは
毒親(害悪にしかならない親)・エネ夫(頭がおかしい義理の実家に味方する夫)など
怖いほどの拡大を続けている。
もちろん、そこにはシリアスな問題も含まれているが、
本来であれば対話でなんとかなる相手を切り捨てて悦に入っているようで怖い部分もある。
理性による自制が必要だが、人類は理性の存在を20世紀初頭には諦めているのが残念なところだ。
■罵倒されても蹴られても…妻からのDV、口閉ざす夫たち
(朝日新聞デジタル - 09月13日 07:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3613495
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