自殺とは文字通り自分を殺すことである。
つまり殺人である。
本来ならば、殺人罪に問われるべき行いだ。
自殺が無罪なら売春も無罪であるはずだ。
自分を殺して無罪ならば自分を売っても無罪でなければならない。
外国には自殺を禁止する宗教がある。
日本人は宗教を持たないので自殺がどれだけ罪深いことなのか分からないようだ。
命を救うのは宗教の重要な役割だ。
宗教が日本人の自殺をなくすことができないなら
政府と社会が日本人を救わなければならない。
だが有効策を講じているとは思えない。
結局、家族しか救うことができないのだが、
これだけ自殺者が多いということは
家族の絆が無力である、ということかも知れない。
自殺するほど悩んでいたら家族は気が付くはずなのだが
現実には気が付かない場合が多い。
では何故気が付かないのか?
それは日本人が正直ではないからで
子供の頃から気遣いすることが善と教えられるため
日本人は家族に心配かけまいといつも心配りをしなくてはいけないのだ。
けれども自殺してしまったら家族は心を病んでしまう。
自殺する人はそんな心配はしないらしい。
自分が死んだ後に
家族が苦しい思いをすることの心配をしないのはどう考えてもバカげている。
自殺する人は現実の世界に絶望したのだろう。
現実の世界には希望と絶望がある。
だが死後の世界には何もない。
ただの暗黒だけである。
そんなところに行っても後悔するだけだ。
自殺する人に何を言っても意味はないだろうが
発展途上国に行けば人生観が逆転するはずだ。
幸福か不幸かというのは相対的なもので
どん底の世界に身を投じてみれば
自分が十分に恵まれていたことを悟るに違いない。
死ぬのはこの世の地獄を見てからでも遅くはない。
それでも尚自分の方が不幸だと思ったら死ねばいいだろう。
■自殺者が多くなる長期休み明け、その”サイン”に気づく方法
(週刊女性PRIME - 09月01日 04:10)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=3593373
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