■アメリカ人映画監督「”戦利品”として、沖縄では占領が続いている」
(週刊女性PRIME - 08月09日 20:50)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=3558511
昨日、友人と、大阪・十三にある第七藝術劇場で、シャン・ユンカーマン監督『沖縄 うりずんの雨』を見に行く。当日は、映画上映の後にユンカーマン監督のトークショーがあるというので、友人がわたしを誘ってくれたもあり、その監督のトークショーのある会の上映を見に行く。
トークショーで中心となったのは、やはり1995年に起こった�牴�縄少女レイプ事件�瓩硫坦下圓任△襯蹈疋螢魁Ε蓮璽屬悗離ぅ鵐織咼紂爾任△辰拭�この件については、観客からは質問も多くなされた。観客からなされた監督への質問はわたしも含めて4人の観客からあがったがそのほとんどがレイプ加害者へのインタビューに関するものであった。
たとえば、どのような形で加害者へのインタビュー依頼を行ったのか、あるいは沖縄県でこの映画は上映されたがそのときの沖縄県民の反応はどうだったのかということであった。
まず、レイプ加害者へのインタビュー依頼はあの時のことを正直に述べてもらいたいと手紙で行い、ロドリコ・ハーブも自分にあの事件について話す機会を与えてほしいと回答し、あのインタビューが実現したこと、そして監督の目からの彼が真に悔い詫びていることが分かったということを話してくれた。また沖縄で上映した際の沖縄県民の感情は、実際にあの被害者少女と共に暮らしているだけに、とても複雑な思いがあったと監督の目からもそう見えたという。ただ、沖縄での上映会のあとのトーク・ショー、そしてサイン会の場に、沖縄県民のある老女が監督に「自殺しないで生きていてくださいと、ロドリコ・ハーブに伝えてほしい」と言ってきたことも監督が話してくださった。
あとは辺野古問題をアメリカ本国ではどう見ているのかということと、わたしの憲法九条に対する沖縄県民と日本本土の国民との�牴硬拑広瓩砲弔い謄▲瓮螢�人である監督の目からはどう映っているのかということをわたしは監督に尋ねてみた。
まず辺野古問題についてアメリカ本国でどのように見ているのかということについては、アメリカは100カ国に800の基地を持っている。普天間基地は差の一つでしかなく、アメリカ国民の関心はさほど高くはない。そして沖縄に駐留する米軍内では、米軍基地に反対しているのは沖縄県民の少数派で共産主義者たちだと教え込まれているらしい。しかしこの映画撮影の終盤に監督が偶然お会いしたニクソン対等量時代の元米政府高官であるモートン・ハルベリン氏が米兵たちに�牋貊錣砲笋蹐Ν瓩噺討咾�けたことにより、米軍兵士の思いもわずかであるが変わりつつあるということを監督は話してくれた。そしてモートン・ハルベリン氏も週に一度は辺野古の基地建設反対の座り込みに参加しているという話であった。
最後にわたしの�犒�法九条に対する思いの沖縄県民と日本本土の国民の温度差をアメリカ人である監督はどのように見ているのか�瓩箸いΔ錣燭靴亮遡笋紡个靴董�監督は複雑だと答えてくれた。何が複雑なのかというと、たしかに日本国憲法は第九条で戦争の放棄を謳ってはいるが、その一方で日米同盟という�犒鎧�同盟�瓩魴襪鵑任い襦�そして沖縄はアメリカにとっては、�狎鑞�品�瓩箸いΠ媼韻�かなり強いということ、そして日本本土からの沖縄に対する�犧絞粍媼鵜瓩�かななり強いということがあり、それらが複雑に絡み合っているということを挙げられた。
そして戦後70年という区切り年に日本国民は安保法制の必要性という問題を安倍晋三から問われ、その中でもう一度憲法九条の意義が問われている。安倍晋三の安保法案に反対する国民は連日、反対デモを行っている。そのような状況をジャーナリストの金平茂紀氏は面白い表現をしている。それは「日本全土の辺野古化」という表現だと監督が紹介してくれた。
沖縄県は日本国全領土の0.6%に過ぎない地域に日本に駐留する米軍基地の74%が存在する。元もそれが山口県だったら、日本国民は今のような態度をとっていただろうか、日本政府はどうだろうか、そのことを考えるだけで日本国内にある沖縄県に対する�犧絞粍媼鵜瓩鰐世蕕�になると話してくれた。
そしてシャン・ユンカーマン監督は、「軍隊は非人間的組織である」ということを強調されていた。なぜなら軍隊では敵は人間ではないと思えと教え込まれ、米軍内でのレイプ事件は数多く報告されているという。そしてアメリカでは、帰還兵の多くがPTSDを発送して一時間に1人が自殺しているという現状がある。そのことが今アメリカ社会で大きな問題となりつつある。しかし帰還兵のPTSDの治療も社会保障も何も行われていない、つまり兵士とは�犹箸ぜ里討砲気譴振隲瓩任△蝓↓狄祐崚�扱いをされていない駒�瓩任靴�ないと監督が強調されていたことがとても印象的であった。
そして今回の『沖縄 うりずんの雨』の中で沖縄県中にもやはり旧日本軍による�牋岼遜雖瓩�多く設置されたという事実である。それは当時に旧日本軍が沖縄をいかに見ていたのか、沖縄は日本の�狷眞廊瓩任呂覆�、�牾庵廊瓩箸靴討澆覆靴討い燭海函∪萋�の朝日新聞に掲載された、加藤陽子氏のインタビュー記事「(戦後70年)「あの戦争」とは」の中で沖縄はその皇土(日本軍部による代々の天皇が国を治めてきた本土という考えによる本土の呼び方)の中に含まれていたのかという問い方に対して「いなかったでしょう。沖縄もまた周縁部だったのです」と答えていたことを思い出した。そして東京新宿区西早稲田にある「アクティブ・ミュージアム 女たちの戦争と平和資料館(wam)」というところを訪問してみたいと強く思った。
ユンカーマン監督は最後に知花昌一氏と話をしていたら、「沖縄は負けたことがない」と監督に話されたという。えっと思って監督が「沖縄は負け続けているじゃあないですか」と言うと、「いえ、沖縄は勝ったことがないので負けたこともないのだ」と話されたという。沖縄は多様で幅広いものの見方をするところであり、それゆえに様座なことを教えてくれるところであると話しておられた。多様で豊かな自然があのような豊かな発想を齎してくれているのだと監督は話しておられたことが印象に残った。
とても有意義な一日であった。
ログインしてコメントを確認・投稿する