否が応でもヒトが機械であることを認めなくてはいけない時代ですよね。
自分は機械なんかだと認めたくないという感情が理屈を味方につけることができた時代はもうとっくに終わりました。私たちは残念ながら有機物を部品とした機械です。増殖機能や遺伝子配列シャッフル機能(その2つを有性生殖と呼んでいます)を備えているというだけの、造物主を持たない自然発生の機械です。
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■子どもの両手移植に成功 米フィラデルフィア子ども病院
(朝日新聞デジタル - 08月03日 11:46)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3547627
米ペンシルベニア州のフィラデルフィア子ども病院は、病気で両手を失った男児(8)に、別の子どもの両手を移植する手術に成功したと発表した。手の移植は、大人では成功例があるが、難易度が高い子どもでは初めてという。
病院によると、この男児はメリーランド州ボルティモアに住むザイオン・ハービーくん。両手の提供者については公表していない。ザイオンくんは2歳のとき重い敗血症にかかり、両手と両足のひざから下を切断する手術を受けた。足には義足をはめて自力で歩けるようになったが、両手は手首から先がないまま生活していた。
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(超耳)
機械ならば取替が利くのも道理ですよね。ようやく技術がそこに到達できたことを喜ばしく思います。
生命が有機体である必要はどこにもありません。活動中という意味しか持たない命というものもこれからは多彩に表現されることになるんでしょう。極端な話、私が今叩いているキーボードが命を持ってもなにも不思議はない。
私たちが機械であることを認めればすんなり理解できることも数多いと思います。
宇宙に出て星々の海を渉ってゆくことも今とほとんど違わない技術でできると思います。極端な話、有機体のまま外宇宙に出る必要などないのですから。無機物となってゆけば文字通り宇宙の果てだって目指せます。(膨張速度と熱的死による宇宙の寿命を考慮しなければ、ですが)
部品だから手足も、作っていくことができるようになるんでしょうね。ゼロからやるのはコストや時間がかかりすぎるからブタなどのすでに生命活動しているモノを利用して作るんでしょうけれど。もうすでに人工皮膚とかはブタから作れたりするんでしたっけ?
昔はさー、腑分けですら忌み嫌われていた時代があったわけじゃないですか。江戸時代っていうんですけど。とにかく人体の中身は見ることもしちゃいけない、理由はない。そういう野蛮な時代。
今は、ヒトをちゃんと機械だと認められる時代になりつつあるわけですよね。
楽しみです。
名著として有名だと思いますが、一応。
『機械仕掛けのホモ・サピエンス』(古川俊之)
http://www.usio.co.jp/html/books/shosai.php?book_cd=1441
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