先輩・中村俊輔の言葉を噛み締める岡崎「愛情のある苦言をくれた」
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サッカーはほぼ代表戦しか見ないんですけどね。
仮に今の主力を本田、遠藤、長友、内田らの世代(年齢ではなく時代として)とするなら、
小野中村世代というものはあったと思う。
明白に違うなと思ったのは3.11後の代表vsJ選抜の時で、
小野中村世代のパスは意表をつくような華麗なパスだった。
空白を狙った長い距離のサイドチェンジ。
時間と空間それぞれに意外性があって才能を感じるし、まさに芸術的。
でも、前に進まないんだよね。
ゴールにはたいして近づけず、多くの場合、左で揉めた後右で揉めるだけ。
すべての戦術には時間つまり速度という問題が発生して、
速度が不足している攻撃は防御側には怖くないものだ。
一方の本田遠藤世代は、多少リスクを取っても中央付近で縦に短いパスでつないでた。
あまり華麗さはないのだけど、その分ゴールに近づくし切り込める。
まあ、結果的にもたつくのは日本代表の得意分野なのでしようがないけど、
それでも2010W杯の予選の頃以降、多少見苦しくはなくなったと思ってる。
小野中村世代の戦術に慣れていれば、
「なんであそこが空いてるのにパス出さねえんだ」
みたいな感覚になったかもしれないね。
本田遠藤時代は(小野中村とは違う意味で)割と才能に頼っていたとも思う。
パスの選択肢は限られていて、しかし予測していても個人の能力で振り切ってパスを通す。
ハリルになって、全体的にまた動きが変わった。
全体的に前線の人数が増えてパスの選択肢が増えている。
今のところ格下ばかりでアラが見えないというのもあるけど、
中盤以上がよく動き、攻めても引いてもそれなりに人数がかかる。
間違いなく攻撃のレベルは上がった。代償は体力だろう。
中田はその点、本田に似た戦術をしていたのではという気がする。
しかし周りはほとんど中村小野世代だから、ついていける人は少なかったろうね。
今の目で見れば異質だ。天才と呼ぶにふさわしいかもしれない。
世代が一つ半上の思想だからね。
まあ、本田もザッケローニ時代からハリル風の動きを周囲に期待してたと思うけど、
というか、ザッケローニの3−4-3思想自体は、
基本的にハリルと同じ高速戦術だと思うけれど、
例えば内田なんかはそういう戦術の意思が感じられないタイプ。
DFだからそんなもの?
長友も戦術を共有していないしね。
二人とも個人の才能で勝手に戦うタイプ。
遠藤本田あたりはそれを計算に入れていたふしがあるけど、
直接パス交換すると噛み合わないのは戦術レベルの意識の差かなという気がする。
そういう視点では一番ひどいのはFWで、
岡崎が半分理解してると思うけど、彼は特殊で他がいない。
JのFWが海外組贔屓だと騒いでいたけど、彼からも戦術を感じることはできないから、
そういう意味では個人的には落第で当然だ。才能はあるのだと思うけれど。
戦術はたんなる戦法という訳ではない。
「やりかた」を合わせるんじゃなくて思想を合わせるという概念が必要だ。
けれども、戦術を理解するという概念自体が日本人には薄い気がする。
これはサッカーでも戦争でも同じことだ。
戦争戦争と騒ぐけど、戦争には思想、ドクトリンというものが存在する。
ザックはとても思想に優れた監督だったと思うけど、
ハリルはドクトリンを具体的に教えるのがザックよりは上手かもしれない。
そういう意味で期待してる。
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