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2015年05月27日23:16

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敵は社会なの?中退・不登校のセンパイたちなの?

 「中退者や不登校者を雇ったことがあるんだけどね、すぐに逃げ出しちゃったりお客に暴言を吐いたりしてねえ……」
 という雇用者の声が聞こえてくるようです。
 社会が決めつけているのではなくて、センパイたちが日々負の実績を積み上げることで悪循環が続いてるという見方をしてはいけないんでしょうか?
 「そう」だと言いたいのではありません。
 私が持つ疑いを晴らす記事になっていないのが疑問なのです。
 なぜ記事は中退・不登校の人たちが被害者であるかのような扱いなのかという疑問がちっとも払拭されないのです。

 中退者は会社や職場に対してこらえ性を発揮してくれる真面目な労働者なんでしょうか?
 不登校者はある日いきなり出社拒否者にクラスチェンジしないんでしょうか?
 過去にダメな事例をわんさか作ってきたセンパイたちがいるんじゃないでしょうか?

◆

■高校中退・不登校でも「未来へ踏み出せる」 当事者が動画で語る「ヒラケゴマプロジェクト」の思いとは
(キャリコネ - 05月27日 18:00)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=3437309

中退や不登校を経験した人でも、楽しんで生きている人はたくさんいる――。そうした事実を、当事者に語りかけるサイトがある。2014年9月に立ち上がった「ヒラケゴマプロジェクト」という動画サイトだ。

サイトには現在、男女合わせて7人の「経験」が掲載されている。

「高校中退したからダメとか、全くない。その経験があるゆえに考えたり感じられる体験もある。人生は選択の繰り返し。中退したことを自分の一歩としてしっかり受け止めて、そこから広がっていく未来を自分で作っていけたらいいと思う」(女性・32歳)
中退を「自分の一歩」として受け止められるか

文部科学省「平成26年度学校基本調査」によると、全国の不登校者数は約12万人。前年度より約7000人増加した。過去5年連続で減少が続いていたが、特に小学生では過去最高水準にまで戻してしまった。

高校中退者は一時より少なくなっているが、2013年は5万9742人で前年度より約8000人増加している。学校教育を外れてしまった子どもたちにとって、自分自身で別の選択肢を見出すことは困難な場合が多い。

ヒラケゴマプロジェクトを運営するnew-look代表理事の山口真史さんによると、中退や不登校で学校教育という「普通のレール」から外れてしまうと、劣等感や疎外感を抱いてしまう人が多いという。

「自分と同じような人がどこにもいない」
「将来どうなるのだろうか」
「自分って生きている価値あるのかな」
そうすると別の選択肢に進むときに、必要以上に高いハードルを設定してしまう。さらにそのハードルを超えるための情報が少なく、アクセスしにくいために、日常に流されたり、何もしなくなったりと悪循環に陥ることもある。

中退者や不登校者が「先輩たちに触れられる機会」を

山口さんは、中退者・不登校者が「将来に対するポジティブなヒント」を得られるようにと、このサイトを立ち上げた。これまで彼らにはロールモデルが少なく、そうした情報に触れる機会も少なかったからだ。

「当事者や経験者などからは、『自分のときにもこういうものがあれば良かった』『私の場合は本当に一人だった』といった声を聞いています。学校だけが人生じゃないし、不登校や高校中退も1つの生き方だということを社会に発信したい」
new-lookでは現在、高校中退や不登校などから進学や就職など新しいスタートを切るための応援をする「TOB塾」を、兵庫県の西宮市で運営している。さらに、若者への夜回り相談をする「ナイトクルージング」や、中退者と地域の農園をつなぐ「となりのはたけ」など様々な活動をしている。

「次のステップに上がるための学力と、自然に人と関わっていけるための社会性の醸成、いろんな進路を自由に考えられるための情報や環境。それらを利用できるベースとしての居場所などを、少しずつ整えていっています」
ヒラケゴマプロジェクトは今後も、多様なキャリアのインタビューを掲載していくという。「今後も中退者や不登校者が、その先輩たちに触れられる機会を増やしていきたい」と山口さん。こうした活動が、多くの人にとって「未来への一歩を踏み出すきっかけ」になるといい。

◆

(超耳)

>「高校中退したからダメとか、全くない。その経験があるゆえに考えたり感じられる体験もある。人生は選択の繰り返し。中退したことを自分の一歩としてしっかり受け止めて、そこから広がっていく未来を自分で作っていけたらいいと思う」(女性・32歳)
>中退を「自分の一歩」として受け止められるか

 え、そういう受け止め方なの?
 ダメなことじゃないの? 反省とか二度と同じことをしないための対処とかしなくていいの?
 「自分」なんかどうでもいいから、「周り」に迷惑をかけないことを心がけてくれないの?
 雇うがわにメリットを示すつもりはないの?
 「自分の一歩」じゃなくて「雇うがわのメリット」を気にするべきなんじゃあ?

>中退や不登校で学校教育という「普通のレール」から外れてしまうと、劣等感や疎外感を抱いてしまう人が多い

 正常なことですよね?
 なんで正常なことを問題視するんでしょうか。劣等感も疎外感も抱かない人はむしろ異常である可能性が高いと思います。

 なんだかよくわからない記事でした。
 資本主義、市場経済に照らして、お金を払う価値を高めることが中退者にも不登校者にも最善の方策だと思うのですけれど、記事に出てくる人たちはまるでそのことに触れることがないのですね。

>中退者と地域の農園をつなぐ「となりのはたけ」など様々な活動

 つながなくていいのでは?
 「続ける」ことがいちばん大事では?

 最低の穿ち方かもしれませんが、あえて言いますよ。
 「ほとんどがやっぱり長続きしない」のではないですか?
 記事も、その事実を暗示する内容になっているような印象を受けます。やたら未来のことばかり。過去とか今とか実績とかは無視していいかのよう。
 中退者はやっぱり会社も中退しちゃうし仕事から逃げちゃうんでは? 不登校になった人は職場に行けなくなっちゃうのでは?
 社会の問題なのかなあ。
 そこがよくわからないんですよ。

>学校だけが人生じゃないし、不登校や高校中退も1つの生き方だということを社会に発信したい

 学校だけが人生だなんて言っている人、どこにいるんでしょうか。
 どこに向けてそんな当たり前のことを発信するんでしょうか。
 中退や不登校は「1つの生き方」で、後続の若者に勧められるもおなんでしょうか。

 でっかいイリュージョン装置を作りましょう、と誘われているように思えてきます。
 学校だけが人生じゃないのは当たり前だけど常用漢字の読み書きができる・できないとかは労働者の質として非常に重要ですよね。消費者の立場からは製品の安全性という意味でも質の保証された労働者によって作られたものがいいと考えます。
 学校に行かなかった人たちってさ。
 「学校だけ」ではなく、学校の外で漢字を勉強したの?
 「学校だけ」ではなく、独学で計算、科学知識、社会的常識(歴史とか地理とか公民とかの)を身につけたの?

>学校だけが人生じゃないし、不登校や高校中退も1つの生き方だということを社会に発信したい

 こんなご立派なことが言えるのは、学びや技能習得を「学校だけ」にやらせず自力でやった人間だけのはず。
 やったの?
 あなたたちは能力があって、こらえ性があって、雇う価値があるの?
 センパイたちはそういう労働者だったの? 主張とかいうのを発信されちゃう社会のほうがワルモノなの?

 価値ある労働者だと思わせる記事を書いてほしかったなあ。
 社会に発信するのならさ。
 雇う価値があり、続けてくれる労働者には職を与えてほしいですよね。優先的に。そういう社会であるべきですよね。
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