mixiユーザー(id:26450852)

2015年04月13日13:55

2044 view

わたしたちは「日本国憲法」の制定過程をどれほど知っているのか―古関彰一著『平和憲法の深層』(ちくま新書)を読んで

■ついに始まった、日本会議による『改憲へのカウントダウン』――シリーズ【草の根保守の蠢動 第6回】
(HARBOR BUSINESS Online - 04月09日 16:50)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=219&from=diary&id=3363289

古関彰一著『平和憲法の深層』(ちくま新書)を読む。

本書の帯には、「なぜ隠されてきたのか。誰も書かなかった日本国憲法誕生の裏側」と書かれていた。

朝日新聞に2015年4月11日に掲載された(耕論)「右傾化」というなかで、次世代の党党首平沼赳夫氏は次のように語っている。

「今の憲法の民主主義の思想は悪くない。悪くはありませんが、成立過程は問題だ。日本人の手になる民主的な憲法を改めてつくるべきだというのが私の考えです。その土台の上に、平和と安全を日本人自らの力で担保する安保政策を展開するべきです。」

しかしながら�牴�憲論者�瓩任△詈疹滝睇彁瓩蓮�現行憲法である「日本国憲法」の成立過程をどの程度分かっているのだろうか。

巷では、GHQがわずか7日で憲法草案を書きあげ、そのGHQの憲法草案をそのまま、呑まなければ、昭和天皇を東京裁判で戦争犯罪者として裁くというような�犇爾鍬瓩�あったかのように、言われている。しかしそのような経緯をたどって、現行憲法が成立してのであろうか。

例えば、「第二章 戦争の放棄」第九条
「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。」とあるが、そもそもGHQ案(マッカーサー草案)では、�狷�本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し�� という一文はなかったという。

では、いつ、誰が挿入したのであろうか。古関彰一氏は、第90回帝国議会衆議院本会議での社会党・片山哲氏の発言がそのきっかけとなり、日本の国会議員たちの修正によってこのような一文が書き加えられることになったということを書いている。つまり第9条の�狎鐐茲諒�棄�畩鮃爐鬮猜刃村腟銑畩鮃爐吠僂┐燭里蓮�日本国民の手によるものなのだとするのである。さらにいうと、「日本国憲法」を�猜刃揃�法�瓩箸靴燭里脇�本人自身なのであるということなのだ。

しかもマッカーサーが日本に�狎鐐茲諒�棄�瓩鳬陲辰新�法の制定を急いだ理由は、昭和天皇を�狎鐐菷蛤畆圻瓩箸靴徳閉匹擦茵⊂�なくとも参考人として法廷に立たせよという連合国各国からの要請に抵抗し、�狆赦妥傾弔鮗蕕覘瓩世韻任△辰燭箸發い錣譴襦�その証拠として、GHQ案でも天皇制は�狆歡�天皇制�瓩箸靴撞�定されていたわけである。このような一例からも現行憲法が�牴,敬佞鰻�法�瓩任呂覆�った、いや百歩譲って、GHQによる�犇爾鍬瓩砲茲覯,靴弔韻任呂覆�ったことが証明されているのである。

このように、「日本国憲法」の制定過程において、わたしたち日本国民が知られざる内幕がずいぶんあり、「天皇制」、「沖縄」、「安全保障」等、その背後の政治的思惑、軍事戦略、憲法学者の主導権争いがあったようだ。

では何故、今、「日本国憲法」制定過程、「日本国憲法」の成立史を見直し、考えることが必要かつ重要となるのだろうか。古関彰一氏は次のように本書を書きしめられている。

「平和憲法を今の段階で再考しようと考えたのは、少なくとも、冷戦構造はすでにとっくに終わっていたが日本ではやっと終末に近づきつつあることに気付いたためであった。憲法70年をどうとらえるのか、すでにさまざまな見解があるが、冷戦以前に作られた平和憲法の現実を、平和憲法の制定過程を無視し続け、冷戦後の憲法問題からのみ、つまり、国家と国家の関係からのみ、平和憲法を見てきた弊害を考えたからである。それは〈近代〉のむこうを考えるためである。」

平沼赳夫もそうであるが、改憲論者は改憲の必要性を現行憲法の内容ではなく、その�狎�定過程�瓩貌�本国民の手によるものではなく、GHQからの押し付けだということを挙げる。しかしながら例えば、鈴木安蔵などという戦前から自由民権運動、とりわけ植木枝盛の憲法思想を独学で学んだ人物が中心となった「憲法研究会」、さらにその会がまとめた憲法草案がGHQ憲法草案に少なからず影響を与えていたことが「日本国憲法」制定史から消されていることなど、わたしたちが知らないことがまだまだあるということを示唆してくれている。

わたしが日本国民として肝に銘じなければならないと考えたのは、「日本国憲法」第9条のおかげで、戦後70年、日本人は戦争で一人の国民を殺されることなく、また一人の外国の人を殺すことなくやって来られたが、その�猜刃足瓩箸いΓ沓闇�と引き換えに、�牴�縄の基地化�瓩�あったということである。もっといえば、「天皇制は第9条の〈戦争の放棄〉によって維持され、〈戦争の放棄〉は、日本から沖縄を分割し沖縄を〈基地化〉することによって成立した」(シリーズ日本の安全保障第一巻安全保障とは何か 「沖縄/日本の安全保障」より)日本国本土の�狎鐐茲諒�棄�瓩蓮△泙気靴��牴�縄の基地化�瓩砲茲辰得�り立っているということだ。そのことを古関彰一氏は繰り返し本書の中で論じられている。その意味で�牴�縄問題�瓩老茲靴堂�縄県だけの問題ではないということを強く考えさせられたのである。

それともう一つ。1945年8月15日は日本国民にとって�牾很伸瓩任△辰燭里�否かということである。日本国憲法は大日本帝国憲法の�牴�定�瓩箸いΨ舛鬚箸辰討い襦�だから章立ては類似している。しかしながら戦後、「敗戦」は�牾很伸瓩任△襪箸箸蕕┐真佑燭舛蓮�大日本帝国憲法を停止して、新たに憲法を制定すべきだとした意見もあった。わたしはこのあたりに、戦後日本社会における�狎鐐案�本肯定論�瓩虜�っこがあるのではないかと考えたりするのである。そのことについては、また考えてみたいテーマである。

古関彰一氏は、『日本国憲法の誕生』(岩波現代文庫)を読んで以来、常に注目している憲法学者の一人である。この『平和憲法の深層』は「日本国憲法」の制定過程をより深く知るための機中な文献であるように思われた。それと同時に日本人はいかに自分たちの歴史に対して�猝誼劉瓩任△襪里�ということも改めて思い知らされた気がしたのである。
9 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する