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2015年03月08日13:18

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高坂正顕さんと『カント』『カント解釈の問題』の思い出など

午前中、蔵書を整理していると、高坂正顕氏の『カント学派』(岩波講座哲学[現代の哲学]抜刷)が出てきた。わたしは学生時代、カントの『純粋理性批判』をテキストとしていたことは何度も書いているが、カント研究を行っていくうえで、高坂正顕というカント研究者の著作を参考文献としていた。

高坂正顕氏は、京都大学教授で国際政治学者の高坂正堯氏のお父さんに当たる。そして西谷啓治、高山岩男、鈴木成高とともに、戦前の京都帝国大学文学部哲学科近世哲学史分野担当教授であった。そして戦後は戦争責任を問われ、京都帝国大学を追われたが、京都大学人文科学研究所所長として復帰している。1961年に東京学芸大学学長となるが、学生デモに巻き込まれ負傷し、国立教育会館館長に就くも、62歳にて死亡する。

高坂正顕氏の主著と言えば『カント』があげられる。『カント』はもともと西哲叢書の一冊として若き高坂氏が執筆し、その後理想社から再販されている。わたしが持っていた『カント』は理想社版であった。高坂さんも『カント』は��transzendental�瓩鬮狡怯枦��瓩般�していたところにある。のちにハイデッガーの影響で��transzendental�瓩鬮�transzendent�瓩閥菠未靴董↓狎荼嚇��瓩箸��狡怯柤静��瓩般�されるのであるが、高坂さんが『カント』を執筆した頃は未だにその区別はなされていなかったようだ。

そしてわたしが『カント』とともに頼りにしたのは、高坂さんの『カント解釈の問題』(高坂正顕著作集第三巻)であった。それも若き日の高坂さんの労作であった。ちなみにわたしが学生だった頃は、まだ『高坂正顕著作集』(理想社)は入手することができた。ちなみに高坂正顕著作集第一巻歴史哲学』には、『歴史的世界』『続・歴史的世界』が収められているのだが、ドイツ留学中の西谷啓治先生が高坂さんの『歴史的世界』を読んで、「自分もオチオチしておられぬ」と焦りを感じたと話しておられたことを記憶している。

先日、洋書の古書店に売却した際、高坂正顕著作集第三巻を売却してしまった。もちろん別に高坂正顕著作集第三巻は持っているのだが、売却した本にはかなり線引きや書き込みをしてあった。しかし古書店の店員はそれでも買って行ってくれた。今や高坂正顕著作集は稀本となっているのだろう。

わたしは、戦前の京都学派四天王と言われた先生の中で、高坂正顕さんだけにはお会いすることはなかった。 高坂さんは1969年に亡くなれているので、会う機会などなかったのであるが、しかし学生時代、わたしは高坂さんとは他の三人の先生方より頻繁にお会いしていたように思える。

ちなみに、わたしが初めて読んだ「西洋哲学史」は高坂正顕さんの『西洋哲学史』(創文社)であった。いまだ短期大学部仏教科の学生だった頃、必死になって高坂さんの『西洋哲学史』を読破しようとしていたことを思い出す。その高坂さんの『西洋哲学史』は未完であったが、当時京都大学文学部哲学科で西洋近世哲学史を担当していた辻村公一氏と高山岩男氏が相談して、すでに高坂さんが書かれている著作をつなぎ合わせて完成されたと、高山さんがあとがきに書かれていたことを思い出す。高坂さんの『西洋哲学史』は西哲叢書を�牴蕊澆��瓩砲靴峠颪�れたような感想を持ったのである。

高坂正顕さんの文章は明瞭であった。西田幾多郎や西谷啓治の文章が難解であるにの対して、高坂さんの文章はとてもわかりやすかった。下村寅太郎さんが「高坂さんがキェルケゴールを書けば、キェルケゴールが明るい哲学者だったかのように読みとられる≫と書かれていたことを思い出す。そこに西田・西谷が哲学者であったのに対して、高坂さんは哲学史家だったからであろうとも書かれていた。

高坂正顕著『カント学派』も高坂正顕著作集第三巻に収められている。わたしはそれでも『カント学派』を読み、コーヘンというカント学派マールブルヒ学派の代表的哲学者に関心を持っていった。カント学派には、リッケルトを代表とする西南学派があるらしい。しかしカント学派の哲学は、フッサールの現象学の登場であまり日本では問題とされなくなっていたのであるが。しかし高坂正顕氏の『カント学派』(岩波講座哲学[現代の哲学]抜刷)を見つけることから、高坂正顕さんのカント研究書をはじめとして、歴史哲学や実存哲学等に大変お世話になったことをとても懐かしく思い出したのである。
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