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2015年02月03日15:40

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曽我量深の声が聞きたくなった

先日、『曽我量深講義集』(全十五巻)オンデマンド版の第一巻が入荷したという連絡が堂島にあるジュンク堂大阪本店から連絡があった。

わたしが曽我量深という人に�狃于颪辰伸瓩里蓮�大谷大学短期大学仏教科二回生の頃であっただろうか。もちろん曽我量深という人はわたしが大谷大学に入学する数年前に亡くなっている。ただわたしが曽我量深という人に出会ったのは、短期大学部仏教科の研究室で、ふっと手にした、『曽我量深選集第八巻 教行信証「真の巻」聴記』の冒頭写真であった。その写真のなかで曽我量深は右手に「教行信証」を持ち、左手を大きく振り上げて何かを語っている。それはきっと曽我量深が「教行信証」をテキストとした講義中の一場面なのであろう。しかしその写真が�爐箸討盒�い迫力をもって�瓩錣燭靴稜称⊂討�ついたのである。

曽我量深といえば、金子大栄、鈴木大拙、西谷啓治と並ぶ、大谷大学の�犹妖群Ν瓩箸い錣譟�大谷大学の黄金期を築いた大家であった。曽我量深の影響は単に大谷大学にとどまらず、西田幾多郎や田辺元という哲学者やキリスト教神学者・北森嘉蔵の著作『神の意味の神学』にも大きな影響を与えている。その意味では、日本の近代哲学・思想に多大な足跡を残しているのである。

大谷大学短期大学仏教科の卒業時には「卒業レポート」という�狢感範席賢瓩量咾�生えたようなレポートを提出しなければならない。そしてそれは、大学で二年間習った購読のテキスト、たとえば真宗関係ならば、「歎異抄」「正信偈」「親鸞の正像末和讃」「観無量寿経」を中心として。仏教ならば、「維摩経」「法華経」「大智度論」「金剛般若経」を中として、課題テーマが与えられ、そこから一つ選んで原稿用紙20枚以内にまとめるという「卒業研究」が与えられたのである。

わたしは、「本願の念仏」−�狠薫枉境瓩鮹羶瓦箸靴討箸いΣ歛蠅鯀�んだ。そして卒業レポートを書くために、短期大学部仏教科の研究室で曽我量深著『歎異抄聴記』と金子大栄著『歎異抄聞思録』とを見て、やはり曽我量深の『歎異抄聴記」は難しそうであったので、金子大栄の「歎異抄聞思録』を大学構内にあった書店で購入した。その金子大栄の『歎異抄聞思録』のなかで「歎異抄」第一条の�猝鐶砲寮栖衂垰弋弔砲燭垢韻蕕譴泙陲蕕擦騰瓩箸いΔ箸海蹐肪經磴靴董�大無量寿経に書かれているように、法蔵菩薩が本願成就させて阿弥陀未来になったのではなく、それ以前に阿弥陀如来が法蔵菩薩になって一切衆生の苦悩を�爐錣�身のこと�瓩箸靴涜慮海気譴燭里任呂覆い�。そこに阿弥陀如来の�狢腓い覆觧�悲�瓩�あるのではないかと考えたのである。

わたしの書いた�狢感肇譽檗璽鉢瓩蓮◆岾愽�生でもここまでのことは書けない」という評判となり、「あいつも真宗学科に編入しようとしている」という噂が広まり、真宗学のある教授からは、「きみ、本気で真宗学を勉強するつもりならば、まず学部は仏教学科で仏教学を学び、そのうえで真宗学を勉強すべきだ」というアドバイスまでもらうようになっていた。

たしかに真宗学は�猝滅鬚き瓩隼廚Δ茲Δ砲覆辰討い拭�しかしわたしの中では「西田哲学」を専門に勉強したい。そのためには哲学科西洋哲学分野に編入学して、カントかヘーゲルを勉強したいという思いが強くなっていた。そしていつか武内義範著『教行信証の哲学』のように、親鸞を�狹�学�瓩箸いΥ囘世�ら研究してみたいと思うようになっていた。

わたしは文学部哲学科西洋哲学分野に編入学した後も、「真宗学概論」という真宗学科でも三回生以上の学生のみが聴ける授業に出席したことがある。大谷大学大学院文学研究科修士課程では「真宗学概論」と「仏教学概論」とは必須科目となっており、大学院入学後、もう一度単位修得のためというよりも、自分の興味から聴講したという思い出がある。

わたしは、『曽我量深選集第八巻 教行信証「真の巻」聴記』の冒頭にあった写真の�倏�力�瓩鵬,気譴襪茲Δ法愾床耄命質�集』(全十二巻)と『金子大栄著作集』のうちの『教行信証』に関する巻、例えば、『教行信証講読』『教行信証の問題』『教行信証総説』等を購入していった。

そして会社勤めをするようになって、わたしは自分なりに親鸞の「教行信証」のなかの�犖羲�釈�瓩噺討个譴襦⊃二造�自分の考えを述べたという部分だけのノートを作ったりしていた。そのために山辺習学・赤沼智善著『教行信証講義』や星野元豊著『講解教行信証』、山下秀智著『教行信証の世界』などを買い込んだ。

今年になって蔵書の整理を行いながら、『曽我量深講義集』(全十五巻)を購入し始めた。もうオンデマンド版なので、一度注文を行うと取り消しが効かないと言われたのであるが、やはりこの年になって曽我量深を読んでみたく思えた。わたしが二十歳の時、聞こえそうになった曽我量深の声が聞きたくなったのである。
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