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2009年07月07日02:59

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蜂起の町に架かる橋

ベトナム最大の都市といえばホー・チ・ミン市である。
「この街はかつてサイゴンという名前であった」ガイドブックとに書いてあるが
それは正確でない。
現在のホー・チ・ミン市の面積はかつてのサイゴン市の10倍以上もある。
サイゴン市というのは現在のホー・チ・ミン市の第1区から4区までの範囲を指す。
第5区は華人が住むエリアだが、かつてはチョロン市に含まれていた。
つまりサイゴン市とその周辺地域を合併させて出来たのがホー・チ・ミン市ということだ。
だが地元の人はホー・チ・ミン市と呼ばない。
サイゴンとも呼ばない。
タン・フォーと呼ぶ。
タン・フォーというのは日本でいう政令指定都市のようなものだ。
タン・フォーの中心といえばドン・コイ通りである。
それは蜂起という意味である。
タン・フォーから南へ約80キロにかつてドン・コイと呼ばれた町がある。
ベン・チェーというのがその町のことで、
今でも地元発行新聞の名前はドン・コイである。
この町は南ベトナム解放戦線の本拠地だった。
米軍は解放戦線をVC(べトコン つまりベトナム共産軍)と呼んでいた。
この呼称を巡って日本のメディアは錯綜し
「解放民族戦線」と勝手に命名していた。

ロバート・マクナマラは1995年の著書「回顧録」で
ベトナム戦争について当時の自身の見解を否定し、こう定義した。
「北ベトナム軍と南ベトナム解放戦線による人民戦争であった」。
今年、その蜂起の町へのアクセスが容易になった。
日本の政府開発援助によってメコン川に鉄橋が完成したのである。
昨年まではベン・チェーに行くためには
ミー・トーからフェリーに乗らなくてはならなかった。
解放戦線の本拠地で蜂起と呼ばれた町に行くための鉄橋を作ったのが日本なのである。
マクナマラはこのことを知らなかっただろう。
もし知っていれば果たして何と言ったであろうか?


http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=890119&media_id=4
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