東灘区から灘区にかけて国道名前か2号の少し海側に3基の古墳がある。本日はそのあたりを散策。東から名前を東求女塚古墳、処女(オトメ)�犖妬�、西女求塚古墳。という。名前からだいたいわかるように、まぁ大昔一人の美女を二人の男が好きになり双方求婚。美女はどちらかなど決められないと海に身を投げた。男二人は悲しんで二人とも後追い自殺。 という悲しい伝説がありそれにちなんで名付けられた古墳らしい。実際は3世紀から4世紀にかけての豪族の古墳とみられている。西女求塚古墳は卑弥呼の時代の鏡が出土したようなのでそれなりに重要な人物の古墳だったのだろう。そんな古墳も公園となり墳丘部分で子供達がはしゃぎながら遊んでいる。墓の主達が綿々とこの国を運営してきて下さったお陰である平和な時代に感謝。
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