考えたら、F先生もA先生も亡くなるときはご自宅だったのな。
トキワ荘退去後、川崎市に隣同士で建てたと言うそれぞれのお家で。
F先生は仕事部屋で、ドラえもんの映画原作の下描きをしながら。
A先生は庭で倒れているのを、藤子スタジオの現社長である姪御さんに発見されて。
お二人とも直前まで元気だったと言うことで、誰にも最期を看取られなかったのが残念。
お二人の心の師である手塚治虫先生は、病気による激痛をモルヒネで無理矢理緩和しながら執筆を続け、そのまま力尽きられたと言う。
こちらは看取る方があまりにも辛かったと思う。
偉人はなかなか安らかな末期を迎えられないものである。
ドラマスティックな死に様で伝説となった信長か、大勢に看取られて病の床に果てた秀吉か、どっちが良かったとも言い難いが。
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