ジョーダンは若手のエンジニアやデザイナーを起用して、どんどんと成績を上げていったのだけれども、エディは基本的にケチ(※エディ自身は「無い袖は振れない」と主張しているが)で、成績を上げてもスタッフの給料がちっとも上がらない。
ホンダとのエンジン契約のところで言及した成績不振も、コンストラクターズ3位獲得の原動力であったテクニカルディレクターのマイク・ガスコインの離脱を皮切りに、スタッフの離脱が相次いだことが原因。
エディは琢磨を壊し屋のように言うし、実際に壊したのだけれども、琢磨のチームメイトだったフィジケラもリタイア回数は琢磨とどっこいくらいで、マシンそのもののパフォーマンスが下がっていた可能性は否定できないだろうと。
またフレンツェンに関しても、2001年シーズン途中で契約解除で、後任はアレジ。エディの主張するようにホンダの圧力があったにしても、琢磨がデビューできるのは2002年からなのだから、2001年シーズン途中にフレンツェンを解雇させるのはおかしいだろうと。
で、当時の記事や その後の民事訴訟での主張を読む限り、直前のレースでフレンツェンがクラッシュでマシンを壊したのにエディがブチ切れて契約解除した というのが真相らしい。
そもそもホンダにとってフレンツェンが邪魔だったかというと、ルーキーの琢磨には実績ある「先生」が必要で、人柄の良さで知られたフレンツェンで問題なかったはず。フィジケラだって得にホンダと繋がりがあったわけでもなく、どうしてもフィジケラでなければいけなかったという感じでもない。
やはりホンダが要求したのは琢磨のシートまでで、フレンツェンの追放までは要求しておらず、フレンツェンをクビにしたのはエディ自身の意向だったのではないかなと。どうなんだろうかと。
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