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2024年01月08日12:22

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コーエーの源平合戦で見る「光る君へ」

平清盛の最初の正妻とされる高階氏は、紫式部の血を引いている。この高階氏との子である重盛と基盛は早死しているので、コーエーの源平合戦に出てくるのは

重盛の子 維盛・資盛・清経
基盛の子 行盛

資盛は以前に日記に取り上げているので、行盛をピックアップすると

平行盛
知略60武力54優雅76勇名33菩提63加護41無常61弓術60 和歌・操船
藤原定家の弟子。「藤戸の戦い」での平家側の大将で、「船のない源氏側の渡海作戦はない」と判断してしまい、浅瀬を渡りきって突っ込んできた佐々木盛綱の奇襲を食らって敗退している。

他の平家一門同様に壇の浦で沈んだというのが通説なのだけれども、資盛同様に離島に落人伝説が残っていて、さらに記録でも壇ノ浦で沈んだかハッキリしないところがあって、さてどうなのかと。

また、種子島氏が「北条時政の庇護を受けた行盛の息子」が祖先だとして、ミツウロコを家紋としている。種子島氏の男子嫡流は江戸時代に途絶えたけれど、濃いめの親族になっていた島津から嫡男を迎えているので、血そのものが途絶えたわけではない。

昭和天皇の皇后である香淳皇后の母が島津出身で、前述の通り島津には種子島氏の血が入っているわけで、現在の皇室は種子島氏の血も入っているとということになる。「行盛の息子の子孫」という出自が正しいのであれば、今の皇室は紫式部の子孫と言えないこともないだろうか。
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