後藤田正純氏まさかの落選で、妻・水野真紀さん「意味深」ブログ
「勘弁してください」「いい加減にしてください」...
2021年11月01日 10:40
https://sakisiru.jp/13837
SAKISIRU編集部
衆院選徳島1区で8選を目指していた自民・後藤田正純氏が選挙区ではまさかの敗戦となった。後藤田氏は比例でなんとか復活当選したが、後藤田氏といえば、妻で女優の水野真紀さんが選挙で献身的な応援をしていたことでおなじみだ。ところが今回の選挙には、水野さんが応援に入らないという“異常事態”があったようだ。
水野真紀さんに一体なにがあったのだろうか。水野さんはこれまで夫の後藤田からも「完璧すぎて怖いくらい」といわれてしまうほどに“完璧な妻”であった。
水野真紀さん(写真:Motoo Naka/アフロ)
「限界です」意味深ブログ
水野さんはこれまで、週刊誌で夫の不倫騒動が話題で騒がれても、夫の不貞を許し、変わらず選挙を献身的に手伝ってきた。現役の女優であるにも関わらず、徳島の選挙区に出向き自転車で選挙区をまわった。選挙区民には「水野さんが、ノーメイクで自転車に乗って、こんにちはー!って来るんです。テレビで見る雰囲気と違って、頑張っているのを見ると応援したくなる」などといわれていた。これまでの後藤田氏の票に、“水野票”が入っていることは紛れもないことだっただろう。今回の選挙で後藤田氏の劣勢が報じられて、起死回生への重い期待が水野さんに降り掛かってきたことは、想像に難くない。
そんな水野真紀さんが今回、夫の選挙を手伝っていない。背景にどんな事情があったかは定かではないが、水野さんのブログ「女優的養生訓〜老い支度の巻〜」をみてみると、今月の投稿のタイトルに、現状の心境が感じ取れる様子があるのだ。
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徳島県関係の国会議員の所得公開
07月04日 12時45分、NHK NEWS WEB 配信より
https://www3.nhk.or.jp/lnews/tokushima/20220704/8020014864.html
衆参両院の国会議員の去年1年間の所得が4日に公開され、徳島県関係の5人の議員の所得の平均は1759万円でした。
所得公開の対象となるのは、去年1年間を通じて議員を務めた衆参両院の国会議員合わせて578人で、去年10月の衆議院選挙で初めて当選した議員などは含まれていません。
徳島県関係では、いずれも自民党の5人の所得が公開されました。
このうち、衆議院議員は所得の多い順に徳島2区選出の山口俊一氏が1815万円、比例代表四国ブロック選出の後藤田正純氏が1683万円となっています。
また、参議院議員は所得の多い順に徳島高知選挙区選出の中西祐介氏が1872万円、徳島高知選挙区選出の高野光二郎氏が1713万円、比例代表選出の三木亨氏が同じく1713万円となっています。
この結果、公開の対象となった徳島県関係の国会議員5人の所得の平均は1759万円でした。
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後藤田正純
ページノート
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』配信より
日本の旗 日本の政治家
後藤田 正純
ごとうだ まさずみ
Gotouda Masazumi.jpg
生年月日 1969年8月5日(52歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都
出身校 慶應義塾大学商学部卒業
前職 三菱商事従業員
後藤田正晴衆議院議員秘書
所属政党 自由民主党(津島派→無派閥→石破派→茂木派)
称号 商学士(慶應義塾大学)
配偶者 水野真紀
親族 大叔父・後藤田正晴
(父の従兄弟・井上普方)
公式サイト 後藤田正純ホームページ
日本の旗 衆議院議員
選挙区 (徳島3区→)
(徳島1区→)
比例四国ブロック
当選回数 8回
在任期間 2000年6月25日 - 現職
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後藤田 正純(ごとうだ まさずみ、1969年8月5日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(8期)。
内閣府副大臣、自民党徳島県連会長を歴任。
妻は女優の水野真紀。大叔父は警察庁長官、内閣官房副長官(事務担当)、内閣官房長官、法務大臣を歴任した徳島県全県区の衆議院議員であった後藤田正晴。
来歴
生い立ち
1969年、東京都に医師の後藤田圭博と晃子の次男として生まれる(本籍地は徳島県吉野川市)。
大叔父の後藤田正晴や社会党の衆議院議員であった井上普方などが、親戚にいた。
1988年に筑波大学附属駒場高校を卒業して、一浪し慶應義塾大学商学部入学。
大学時代は村田昭治のマーケティングのゼミに所属。
将来、政治家になることを考え、後藤田正晴秘書として選挙を手伝う。
1993年に慶應義塾大学商学部卒業後、三菱商事に入社し、鉄鋼などに携わった。
これは、「政治家は社会経験をしてからなるべきだ」という後藤田正晴の当時の信条による[1][2]。
1998年に三菱商事を退職。
衆議院議員
2000年、第42回衆議院議員総選挙に徳島3区から自由民主党公認で立候補し、初当選(当選同期に小渕優子・竹下亘・梶山弘志・左藤章・馳浩・松島みどりなど)。当選後、橋本派に入会(平成研究会は大叔父の後藤田正晴を抜擢した田中角栄の田中派から続く派閥であるが、後藤田正晴自身は当時の経世会には加入していない)。2003年11月9日、第43回衆議院議員総選挙で再選。
2004年3月に女優の水野真紀と結婚し、2005年4月には第1子である長男が誕生した。同年9月、第44回衆議院議員総選挙で3選。第3次小泉改造内閣で内閣府大臣政務官(金融、経済財政政策担当)に就任するも、2006年に貸金業規正法改定に関する抗議の意味を込めて辞任した[3]。
2007年9月28日、初当選以来所属していた津島派(旧橋本派)を退会。2015年9月28日に石破派の旗揚げに参加するまでは無派閥となる。
2008年自由民主党総裁選挙では、与謝野馨を総裁候補として支持し、「与謝野氏に是非立ってほしい」と記者団に語った[4]。
2009年の第45回衆議院議員総選挙では1,222票の僅差で民主党公認候補の仁木博文を下し、4選(仁木も比例復活)。
2010年、自民党内で谷垣禎一総裁や執行部への批判を公言する一方で、自民党離党をちらつかせながら執行部の一新を求める舛添要一前厚労相を「オオカミ中年」と批判した[5]。
2011年、議員宿舎で高級クラブのホステスとの不倫行為が報じられ、衆議院財務金融委員会委員、自民党政務調査会・財務金融部会長代理、地震対策特別委員会副委員長など全ての自民党内役職を辞任した。
2012年、第46回衆議院議員総選挙で民主党の仁木に比例復活を許さず5選。
2013年9月30日、第2次安倍内閣副大臣・政務官人事で内閣府副大臣(沖縄及び北方対策、科学技術政策、宇宙政策、IT政策、行政改革、公務員制度改革、再チャレンジ、クールジャパン戦略、規制改革担当)に就任。10月6日徳島県連会長を退任[6](後任の県連会長は徳島県議会議会議員の竹内資浩[7])。翌2014年の内閣改造で内閣府副大臣を退任。党規制改革推進委員長に就任。
2014年12月、第47回衆議院議員総選挙で徳島1区から小選挙区当選し6選。2015年1月、自由民主党規制改革推進委員長、党国家戦略本部事務局長、雇用問題調査会副会長等を務めた[6]。
2015年7月28日、徳島県と高知県の参議院合同選挙区による徳島県・高知県選挙区を創設する公職選挙法改正案に反発し、「県代表を選べない今回の選挙制度改革は問題がある」として衆議院本会議採決前に退席し、棄権した[8]。
2017年10月、第48回衆議院議員総選挙において7選。
2021年5月、自民党徳島県連から「嘘とでたらめにまみれた言動」があるとして、徳島1区での非公認を求められる[9]。しかし、自民党は同年10月の第49回衆議院議員総選挙において後藤田を徳島1区で公認[10]。これまで全勝してきた小選挙区で仁木博文に初めて敗北したが、比例で復活当選した[11][12]。
2021年12月、これまで所属していた石破派が派閥からグループに移行することに伴い同グループには参加せず茂木派に入会した(14年ぶりに復帰)[13]。
以下の内容については、省略。
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