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2022年03月25日13:26

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そもそも、人道的な兵器って?

■ロシア軍、非人道兵器「白リン弾」使用か キエフ周辺では後退の模様
(朝日新聞デジタル - 03月24日 20:38)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=6897827

白リン弾に関して言うと、非人道兵器か否かの議論中であって規制対象にするかしないかの話の真っ最中のハズなんですよね。
また、この白リンを使用したものには砲弾として使うものの他に、煙幕として使われることもあるし、照明弾などもあります。
照明弾も最近はマグネシウムに変わったとか聞きますけど、詳細は知りません。

で、ここで気になるのは人道的な兵器ってなんだい?
てなところですよねえ。
刀やナイフ、それこそ棍棒においても兵器として使う以上、命を奪うのが目的。
非殺傷兵器と言う事になってるゴムスタン弾だって、死なない(かもしれない)てだけで骨折や重度の打撲、または失明や着弾位置、部位によっては死亡の可能性はあるんですよね。

それに電気銃テイザーも電流を使う以上、死なない訳ではないし苦痛がなくなるわけじゃない。
テイザーに関しては、苦痛をあたえるのが目的と言う面もあるので人道的か否かの議論は今もされている最中でもあるそうですし。

他に音圧兵器やレーザーによる麻痺兵器なんてのもあるみたいですが、敵を制圧する以上、ある程度の苦痛や被害を出す事は織り込み済みなんですよね。
つまり、結局は人を傷つけるのが兵器です。

兵器を使う以上、反撃による兵器による苦痛はまた織り込み済みですから如何に反撃されないかに寄る訳ですよ。

と、こう書いているとまるで非武装非暴力の人の様ですが、私は必要に応じた武装は必要派なんですね。
つまり、武器や兵器は有効に使う事により、自身と自分の家族や仲間、また国として考えた場合には国土や人命、また財産や権利を守る事ができるもの、として認識しています。

ただし、使うには覚悟が必要だ、とも考えている為に、人道および非人道の違いを兵器の区分けにする事そのものがおかしい、と思っているのです。
勿論、戦争に参加する兵士にはなるべく怪我をさせたくない(なにせ国としてみれば相当のお金をかけているし、スキルや知識大事!)、五体満足で帰ってくる事や死なない事が前提となりますが、兵器を扱う、武器を相手に向ける仕事も今は必要なものと思っているのですね。

そのために、個人が武装する事も考慮する時が来るとも考えています。

その時に、相手を確実に斃す方法がなければ自分の命や財産すら守れないと思いますし、自分の大事なもんをとられたくないと言う意識も強いので武器は強力なほど良いと思ってるし、食らう覚悟もしておく必要はある、と考えるのですね。

では、武器を持ち戦う事を決意した存在にはそれで良いが民間人に対してそれはどうなのか?って事になるのもあるでしょう。
現代の縦断はメタルジャケットで体内で弾頭が分解しない様にしてるのはありますが、当たれば死ぬか良くて障害者でしょう。
銃で撃たれて生還する、と言っても撃たれた部分には障害者認定されない程度の障害も残っている人は居る訳ですからね。

それが民間人、すなわち非戦闘員に使われるとした場合にはどうなのか?
と言う議論がでるのはこれもまた当然と言う事になりますが、一方で敵同士になった国の国民同士は果たして非戦闘員と言う者なのかの議論もされきってないのですよね。

例えばナチス政権下のドイツでも民間人だけの都市はあったんですが、そこを空爆する事を連合軍はやっています。
ドレスデン空爆で映画にもなっているはずですが、非戦闘員が多数であり、また戦略上価値の無い爆撃をした事でも有名なところですね。

この時は米英でも市民や知識階級からの批判が出ていますが、その後の数十年は大きく批判されていません。
都市を焼き尽くす蛮行を連合軍もソ連軍支援の為に行ったと言う事では、それこそどちらも悪なのですね。

では、悪に対して悪を行う事は良いのか、と言う哲学的な事になって行きますけれど、拾はこの部分に関しては善を唱える側の行為に対して善を唱えて反する事ができるかにもなります。

戦争と言う事、また武器や兵器を使うと言う事は互いの主張や信念や信条や政治的問題や、経済、社会などの問題を含めて多くの事を孕んだ上での発露となる以上、武器は相手が持っていたら持つ必要だって出てくるのはあります。

しかし、本質的なその戦争行為と言う面の心の問題には平和を唱える人も、反戦を言う人も、武器の放棄や軍縮を唱える人も未だ踏み込んでいないのですね。
人道的な戦争などありえない上に人道的な兵器もありえない。
では、兵器や武器をなくせば戦争は起こらないのかと言えばそういう事はない。

この時というかこの様な事が起こる事を前提に考えた場合に、考えるべき事は実は人がなぜ戦うのか、と言う哲学面なのですよねえ。

その部分を置き去りにした平和論を70余年もやっている事自体、戦争を押さえることができない象徴のようにも思いますけれど、まず何はともあれ先に武力を動かしたほうが悪い、と言う意識だけは強くなってるようには感じます。

つまり、その主張の中身に関わらず暴力に訴えた方が悪いと言う事を理念として考えているかもしれませんけれども、実際に武力を持つ側、武力優位にはそういう理念は通用しない、という現実もまたある、といえるので、やはり本質の部分をもっと深く追求する必要や、言葉上の人道なんてのの空虚さを認めて行く必要はあるんじゃないか、なんて記事をちらっと読んで思ったりした次第です。

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