昔、両親が元気だった頃のこと。
ふたりで住む実家の家に、私達は子犬を送り込みました。
息子が近くの公園で、手紙を添えた箱の中に入れられていた犬を見つけたからです。
その小さな柴犬をどうしても息子は見過ごすことはできませんでした。
家につれて帰ったもののここは県の職員住宅。そこで私の実家の両親に託したというわけです。
私達は日帰りはできない田舎に繰り返し訪れ、賢いその子犬を大切に可愛がりました。
とても賢くてろう夫婦の力にもなっていたその柴犬は、立派に成長を遂げたある日、忽然と姿を消しました。
ご近所からも可愛がられていたため、皆がこぞって知らせてくれました。
よそから来た車に連れて行かれたよ。
伊豆の田舎ですから首輪はつけても、時に放し飼いをいたします。
きっと、すぐ坂の下の可愛がってくれるご近所を訪ねたのでしょう。
その前の、我が家の敷地の一歩外の道で連れ去られるのを見たと人々はいうのです。
両親は代わりの犬を飼いましたが、ロッテに代わることはできるはずもありません。
ある時、ユーチューブで中年女性が犬と旅する動画配信を見つけました。そこでは「動物を捨てるな」と言っています。
多くの人は年老いた場合に、散歩もできない日もあり、隣も遠い田舎では庭に放し飼いの家もあり、様々な状況が重なることも人の生活にはあります。
もちろん人に危害を加えない飼うための責任と義務はあります。しかし地方の風習もあります。20年ほど前のことです。
定まった都会の常識とする認識には、場所と場合によって常識でない場合もあります。
家敷地前の道を歩く犬を見て、すぐ様その場で連れ去る人がいたのは事実でした。
ところが最近、日本中で子供さらいが多発していると聞きます。
どこか似ている事柄です。
名古屋の娘のところでも、忠告が配布されました。
よく、ディズニーランドで子供がいなくなる話は効きますが、家の近所の公園で、その様な事象が多発しているというのです。
人が行動に出るためには、何らかの理由があると思いますが、日常の中で、それと違う行動には、行動する人の勝手な常識が存在します。
それは間違いです。
早急に調査して解決していただきたいものです。
日常の中で流れる普段の常識には文化が作り上げた流れがそこに存在します。その流れを砕こうと行われる動きには注意が必要であることは間違いはありません。
事によると、国外の人間の行いかしら?ならば解決しないことには国民は安心して暮らせません。
近頃、国内でも相手の立場に立って考えることが出来ない人が増えたのではないかと感じます。常識が常識ではないと豪語する風潮もあります。
それを飛び越えた思考も多く存在し始めたこともまた感じられるため、それを理由に、人々は今翻弄される時代なのだろうかと思うこの頃です。
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