この23年、主人が楽しみながら年賀状を自ら作ってくれるようになった。
これまで、仕事の忙しさでその暇もなかった。
孫をお世話して思い出すことは、家族の成長の過程で、私が、援助する機会ばかりで、現代の様に男性の育児参加は皆無と言って等しかった。
その分、償う様に孫の成長に心を注ぐその姿は微笑ましく嬉しい。
私はかえってそのお陰様で、飛び回った分だけ町を知り社会勉強をしてきた。身についたそれらは、私の宝物でもある。
何が何でも何とかしなければならなかった心細さは、時に今もあるが、手分けして成す仕事の安堵は実に大きなものだ。
これらは、日本の高度成長とバブル崩壊の対処、リーマンショックと人々が仕事に専念してきた証なのだろう。
その結果、時の使い方を再検証する時間がコロナウイルスの今なのだろうと思う。事によると、時間の修正はシステム化された自然そのものなのかもしれないと感じる。
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