中国警察で「反習近平」勢力粛正 病毒戦から流毒戦へ
編集委員 中沢克二
2020/4/22 0:00 (2020/4/22 6:21更新)
中国国家主席の習近平(シー・ジンピン)は今、新型コロナウイルスという病毒との戦いと経済立て直し、そして米大統領のトランプを代表とする中国の情報隠蔽と初動対応の遅れを責める外交圧力への反撃で手がいっぱいに見える。しかし、外部から見える風景と、当事者の意識はかなり違うようだ。
それを証明する重大な事件があった。中国の警察組織を束ねる公安省の次官、孫力軍(51)が、いきなり失脚したのである。共産党中央規律検査委員会、国家監察委員会は19日、重大な規律違反と違法行為の疑いで審査・調査していると発表した。
「トップの関心は防疫や経済ばかりではない。公安省で1年半のうちに2人の次官が失脚するのは異常だ。しかもこの時期にである。公安部門の完全掌握はそれほど難しい」。ベテラン共産党員は、終わりなき戦いが続いていることを示唆する。
■経歴を隠す特殊任務、WHOとの関わり
孫力軍は特殊な任務を帯びていた。公安・警察内で中国で最も重要な国家の安全を守る「国内安全」を担い、安定維持に関わる機密情報も扱っていたのである。このため多くの経歴がこれまで伏せられてきた。彼は公共衛生管理の専門家でもある。20年ほど前には、世界保健機関(WHO)の奨学金を得て、オーストラリアの大学に留学し、学位を取得している。
これらの職務は広く言えば、亡くなった湖北省武漢市の眼科医、李文亮の痛ましい事件にも関係がある。ウイルスがまん延し始めた事実を伝えようとしたのに「デマを流した」として処分したのは武漢市公安局の派出所。公安省の傘下にある末端組織である。
しかも、孫力軍は公共衛生の専門家であるため、中央が武漢に派遣した調査チームである指導小組の一員として現地入りしていた。3月5日には武漢で行われた女性民警の共産党入党式に参加している。
この時点では本人は何も知らない。全ては正常。順調に仕事をこなしていたのである。しかし、孫力軍への内偵は昨年から始まっていた。1月下旬から突然、厳格になった疫病抑えこみと同時に孫力軍への包囲網も狭まっていった。
孫力軍失脚の前々日には、1〜3月の成長率が1992年以来、初のマイナスになったという発表があった。しかも衝撃のマイナス6.8%だ。その夜には、指導部の意思決定に必要な共産党政治局会議があり、再び感染者を増やさない防疫と経済復興の両立をめざす方針が確認された。
問題は政治局会議の発表文の最後である。「会議ではその他の事項も検討した」とある。「その他の事項」こそが孫力軍の処分だったのだ。規律部門で秘密裏に進んでいた案件で、実は公表された前段の議題より重要だった。中国では、ことは突然、起きる。
孫力軍の失脚が確定した19日夜、公安省は幹部への説明のため会議を開いた。トップの趙克志が仕切る会議で強調された長年の部下を罵る言葉が事態の深刻さを象徴している。
「(敬意や畏れなど)畏敬の念を知らないのか」。もちろん、これは別格の指導者を意味する「核心」である習近平への態度を指している。しかも尋常ではない。何らかの陰謀が潜んでいるかのような言い回しだ。中身はうかがい知れない。しかし政治的な読み解きならできる。
複数いる公安省次官のうち筆頭格は王小洪。習近平がかつて勤務した福建省に絡む人脈に属する旧友だ。5年前に首都北京の治安を預かる北京市公安局長(副市長を兼任)に抜てきされた。日本の警視総監に相当する重職である。その後、北京市副市長と公安省次官の兼任を経て、公安省内で一気に昇格してゆく。
■周永康人脈に連なるICPO総裁、そして……
首都の治安、そして全国の公安・警察権力を掌握するために最も重要な駒は、完全に信用できる人物でなければいけなかった。バックに習近平が控える王小洪だが、それでも「よそ者」への視線は厳しかった。
その中で中国庶民と国際社会を震撼(しんかん)させる大事件が起きた。2018年10月、公安省次官だった孟宏偉が国家監察委員会から調査を受けているという発表だった。孟宏偉は世界の約190カ国・地域が加盟する国際警察組織、国際刑事警察機構(ICPO、通称インターポール)の総裁として中国政府が初めて送り出した人物だ。
孟宏偉はICPO本部のある仏リヨンから中国に一時帰国した後、行方不明になり、リヨンに残る家族が仏警察当局に届け出ていた。逃亡する犯罪者を捜索する権威ある国際機関トップの蒸発は異常である。
習近平指導部には、国際警察組織の大混乱を顧みず、彼を処罰すべき政治的な動機があった。18年夏、中国の政局は揺れていた。3月の憲法改正で「2期10年」までという国家主席の任期制限は撤廃された。だが、余りの性急さ、そして共産党規約が明確に禁じている「個人崇拝」を容認するかのような姿勢に党内から強い反発が出ていた。
習近平サイドは反撃に出た。その一つが、なお自らに完全に服さない警察組織内部の綱紀粛正だった。結局、孟宏偉には懲役13年6カ月の刑が下された。つい3カ月前、武漢封鎖直前の出来事だった。関係筋からは「孟宏偉が断罪される課程で、孫力軍に対する極秘の調査も始まっていたのではないか」との声が聞こえる。
共産党政治には「流毒」という専門用語がある。ここでは習近平が「反腐敗」運動の末、無期懲役に追い込んだ元最高指導部メンバー、周永康に連なる良からぬ輩(やから)から流れ出した隠然たる影響力を指す。孟宏偉は周永康に長く仕えた。孟宏偉は、警察内の「流毒」摘発の第1号、孫力軍は第2号になった。
それは公安省の幹部会議で周永康、孟宏偉、孫力軍の名が列挙されたことでも分かる。ウイルスという病毒との戦いと並行して、「流毒」との苛烈な戦いが続いているのだ。
もう一つ問題が残っている。孫力軍は、既に引退した中央政法委員会書記で党政治局員の孟建柱と関わりが深い。誰もが知る秘書役だった。その孟建柱は、元国家主席、江沢民に連なる「上海閥」の人脈に属する。一線から退いたとはいえ孟建柱は安全なのか。
習近平サイドの要の人物である王小洪が一連の綱紀粛正によって公安・警察を掌握しているならば、「あえて遡って追及することはないだろう」というのが、大方の見方である。51歳の孫力軍は中国ではかなりの若手だった。次世代を担う公安・警察のホープまで潰したのだからしばらくは安心である。
■浙江省の次に陝西省入りした意味
ただ、これで習近平の権力掌握が万全になり、全て終わったわけではない。22年の共産党大会での重要人事まであと2年。まだ、闘いの手段として「反腐敗」を使わなくてはいけない場面があるだろう。
習近平は20日、中西部の陝西省に入った。先の沿岸部の浙江省に続く地方視察である。陝西省は、革命時代からの党幹部の師弟を指す「紅二代」である習にとって極めて重要な場所だ。副首相を務めた父、習仲勲の故郷で、富平県にはその業績を記念する広大な陵墓公園も造られた。
習近平自らも文化大革命(1966〜76年)時代、陝西省の農村で長く生活している。10代の少年だった習が、盟友で国家副主席の王岐山(ワン・チーシャン)と知り合い、絆が深まったのも陝西省だ。ここは習が後にトップを務めた浙江省とともに「習派」の牙城である。習政権では陝西省に絡む人材も数多く登用され、「浙江閥」の周辺部を固める「陝西閥」を形成している。
公安・警察内の「反習近平」抵抗勢力の苛烈な封じ込め。これと相前後する浙江省と陝西省という2大拠点への「巡礼」は内政上、大きな意味がありそうだ。(敬称略)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58308820R20C20A4I10000/
>しかし、外部から見える風景と、当事者の意識はかなり違うようだ。
中共肺炎の第2波がハルピンで発生しているにも関わらず、内ゲバやってる中共人は正気じゃ無いね^^;
たとえ日本人でも、中共からの入国は控えた方がいいでしょう。
逆にロシアを見習って、永住許可を持っている中共人を送り返さないと、彼らを中心に感染が広がるかも^^;
在日中国人、日本国籍取得者などを合わせると96万人に―華字紙
2019年4月7日 07:30
https://www.excite.co.jp/news/article/Recordchina_20190407003/
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