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2019年08月27日14:27

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�猝瓦里覆�の出来事��

昨日、ヘルパーさんに、
「我慢してはると思いますよ、本当に頑張ってはる」
と言われた。

�爐�母さん子�瓩任△襪錣燭靴�母が亡くなってもなお、これまでと変わらない生活を送っていることに、ヘルパーさんがそう言ってくれた。

「強くなられたんだと思います。それはわたしだけではなく、派遣会社のスタッフも全員そういってます」

�爐修鵑覆發里覆里�な��
と、思ったりしている。

「お母さんが亡くなった」
という上の妹からの電話ははっきり言って何を言っているのかわからなかった。あまりにも泣き崩れているようで、わたしには何を言っているのかわからなかった。ただ、そのような上の妹からの電話は母の死を伝えるものだということは分かった。

その日、宅配弁当の配達担当者に明日の弁当はいらないのでと伝えておいた。きっと明日は通夜になり、その次の日は告別式になる。だったら遅くなるので宅配弁当の配達時刻には不在になることが考えられる。そうなるといけないので、わたしは弁当の配達者にそう伝えた。とっさの判断だったが、冷静な判断だったと思えた。�爐△◆�独り暮らしをはじめるとこういう判断もできるようになるんだ�瓩函⊆�分自身に感心していたこともあったりした。

通夜の夜、棺のなかに眠る母の顔を見た。
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と思った。しかし�猗瓩靴記瓩箸��犲笋靴記瓩箸�という感情は全く沸いて来なかった。泣くということができなかった。わたしは冷静に通夜の法事を喪主として営むことができた。

斎場で母の棺が火葬にふされるときも、
「お母さんがいなくなる」
と、上の妹が泣き崩れたが、わたしには何ら感情はなかった。なんとも感じなかったのだ。いや、何も考えることができなかったといった方がいいかもしれない。

通夜のときも告別式のときも二人の妹たちや甥っ子、姪っ子たちはなき声挙げて泣いていたが、わたしは涙ひとつ流せなかった。

下の妹がわたしに、
「お母さんが亡くなって、お兄さんはもっと取り乱すと思っていたのに、全く取り乱すことがなくって、お姉さんと少し驚いている」
と言われたが、それぐらい冷静であった。冷静に見えたのだ。

しかしわたしには未だに母が亡くなったという実感がない。取り乱すも取り乱せないも、わたしには母が亡くなったという実感が未だにないのだ。

昨日、ヘルパーさんに、
「我慢してはると思いますよ、本当に頑張ってはる」
と言われたが、わたしには未だに母の死という実感がない。

今日、父と母の通夜、告別式を執り行った葬儀会館の前を通った。その時、
「あれは夢だったのかもしれない」
とふっと、そんな思いがした。父と母の死は�猝瓦里覆�の出来事�瓩修鵑糞い�してならないのだ。


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