mixiユーザー(id:26450852)

2019年07月11日12:41

612 view

上田閑照先生が亡くなられた

今朝の朝日新聞で上田閑照先生が6月28日に93歳で亡くなられたことを知る。またひとり、学生時代にお世話になった先生が旅立たられた。寂しい思いがしている。

�爛疋ぅ朕脆觴腟舛鯑�本に紹介する中心的な役割を果たした。禅への理解も深く、欧米の学会でも業績を残した。哲学者の西田幾多郎の伝統を受け継ぐ「京都学派」の学者。2018年文化功労者に選ばれた。�瓠閉�日新聞2019年7月11日)

上田閑照先生と初めてお会いしたのは、大谷大学での西谷啓治先生の大学院の「宗教学文献研究」の授業であった。

その年、大学院修士課程に入学したわたしは、先輩に騙されて西谷啓治先生の「宗教学文献研究」という授業に出ることになったのだが、ハイデッガーの主著である『有と時』を原書で読む授業であるが、なんとその授業に出席している学生はわたし一人で、他はすべて関西の大学の哲学の先生方ばかりで、その先生方のお一人に上田閑照先生もおられたのだ。

ハイデッガーの文章は、一つが関係詞によってつながられ、とても長い。ドイツ語としては、カントの悪文と引けを取らない悪文で、大学院の授業である以上、学生がそのハイデッガーの悪文を訳さなければならないのだが、あまりにもぎこちない訳に西谷啓治先生もしひれを切らされて、
「きみはもう来週から訳さなくてもいいから」
と、言われたぐらいにわたしのハイデッガーの訳はまずかった。しかしハイデッガーの悪文に悪戦苦闘しているわたしを上田閑照先生はいつもにこやかに見守ってくれていた。

そして恩師・原野栄二先生が亡くなられたとき、燈影舎の編集の関係で面識もあったであろう上田閑照先生のご自宅にお電話をかけさせていただいたことがある。その時に上田閑照先生の『実存と虚存 二重世界内存在』(ちくま学芸文庫)の書評をわたしが書いていることに�爐△蠅�とう。あの書評はわたしがあの本で言いたかったポイントを見事に要約してくれている�瓩箸曚瓩討い燭世い燭海箸魍个┐討い襦�

上田閑照先生は西谷啓治先生に教えを乞うために、第一高等学校から京都帝国大学文学部哲学科に入学されたという。以来、西谷啓治先生の一番弟子としてドイツ神秘主義研究や西田幾多郎の研究に落ち込まれてきた。

一度、上田閑照先生のお弟子で上田閑照先生が京都大学文学部哲学科宗教学の助教授になられた頃から人に、上田閑照先生の講義は、ハイデッガーから始まり、ドイツ神秘主義、西田幾多郎で定年退官を迎えられたという話を聞かしてもらったことがある。しかし上田閑照先生の宗教哲学の出発点は何だったのか。それはハイデッガーではなく、カントではなかったかと思ったりもする。

というのも、白水社版の『シュヴァイツァー著作集』で斎藤儀一さんと一緒に「カントの宗教哲学」を翻訳されているからだ。もしかして、上田閑照先生の宗教哲学の出発点は、カントの宗教論にあったのではないかと最近、思うことがある。

上田閑照先生は、西田幾多郎、西谷啓治の伝統を受け継ぐ�犁�都学派の最後の哲学者�瓩噺世錣譴襦�その�犁�都学派の最後の哲学者�瓩�亡くなられた。�犁�都学派の哲学�瓩呂泙垢泙硬�学史の一コマになっていく気がする。それは、�犁�都学派の哲学�疆�学的、あるいは哲学史的に研究対象になりやすく、うれしく思うのであるが、わたし個人としてはとても寂しい思いがしている。

上田閑照先生が亡くなられた。

8 4

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する