前回、22種類の雑誌の切抜きの切抜きをした話をしました。
そこで、その時の記事や広告を見て「昔はこうだったなあ、昔はこんなものあったなあ」という話をしたいと思います。
1 ワープロ
1990年といったら、パソコンはわりと普及していたが、まだまだ現在のように「誰でも使う」という状態ではなかった時代です。
文章は手書きからワープロを使うというようになっていましたが、パソコンで文章を作成するということは一般的ではなかったです。
私の経験では1995年・1996年時点で、職場では手書きが半分、半分はワープロ「東芝ルポ」を使うという時代でした。
2019年の現在は、パソコンでワープロをうつのが当たり前となっています。
以下は1990年はワープロが全盛というのを感じる広告です。
2 サブリミナルテープ
バブル期(1988年から1991年)によく雑誌の広告で見かけたサブリミナルテープの広告です。
もしかしたら「この広告見たことある」という人いるかもしれません。
その会社は現在はないようです。
https://oshiete.goo.ne.jp/qa/3327097.html
3 バブル崩壊後も地方経済は元気
転職情報誌B-ingの1993年の記事で東京から地方への転職を勧める「これがさらば東京効果だ!」という特集がありました。
内容は、東京はバブル崩壊で求人が少なくなったというが、地方はそんなことはなくまだまだ元気で求人も多いので、東京を捨てて地方に移住して働いてはどうかというものです。
この記事の中には、著名人の東京からの地方転職についての意見と一般の人の転職体験を記載して、さらに地方転職のためにはどうしたら良いかという記事が続きます。
私が印象に残ったのは、某漫画家の意見で、東京で仕事をしていたが、家庭の事情で福岡で生活するようになった。福岡でも仕事としては全く差し支えない。電話やFAXや航空便あるので打ち合わせや原稿の送付に困らない。また、地方だと「有名人」ということでマスコミに呼ばれることも多く、地方の名士とも知り合えることも多く楽しく過ごせる。地方で働くのは良い事だという内容でした。
しかし、私の感覚ですが、1993年というと平成不況が深刻で、リストラという言葉がはやり、「人を減らせ、新規採用なんてもってのほか」という状況だったと記憶しています。
実は、私自身がその年に転職活動をしていましたが、何社かは「けんもほろろ」の” 非常に親身になり優しい ” 対応をされたのでわが身のこととして実感しています。
以下を参照してください。
https://diamond.jp/articles/amp/60475?display=b
また、1993年頃から、工場の海外移転という話がニュース等で取り上げられるようになりました。もう、地方の下請け工場は仕事が無いので、国内では生きていけないという話です。
以下を参照して下さい。
以上のように、バブル崩壊後に打撃を受けたのは東京だけで地方経済は元気で求人もたくさんあるという論をみましたが、私は「何言ってんのこれ?」という感じで読んでいました。
2019年に振り返ればからくりが分かりました。
以下を参照して下さい。
https://www5.cao.go.jp/j-j/cr/cr11/chr11030101.html
この記事の3−1−2図の有効求人倍率の図を見ると地方は全国平均よりも有効求人倍率が高いことが分かります。
しかし、1992年の有効求人倍率は2倍を超える地方もあるのに1993年になると1.3くらいに急激に下がっています。
からくりとは・・・・転職情報誌は、前年の有効求人倍率を使って論を展開していた・・・・ということです。この号が発売された時は1993年ですので、1993年の有効求人倍率は分からないので、1992年の有効求人倍率を使っていたのは理解できます。
自分の実感と合わせて1993年は確かに全国的に不況だったと思っています。
ニュースでも「長引く不況」という言葉をよく聞きました。
1993年時点でも地方経済は元気というのは間違っていると思います。
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