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2018年12月14日00:24

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イギリスを完全撃破したマレー作戦

日本軍は、まるで
�爛蓮璽疋訌�競技�瓩里茲Δ�
次々とイギリス軍の
防御網を突破していった…



1941年12月8日
マレー上陸作戦開始。

日本軍の戦略目標は、
石油や天然ガス、ゴムなどの
豊富な天然資源を持つ
インドネシアの資源地帯を
確保することだった。

当時の日本は
アメリカ、イギリス、中国、オランダ
に禁輸政策を仕掛けられていた。

いわゆるABCD包囲網である。

これによって底をつきかけていた
資源を安定的に購入できるように
することが目的だった。

しかし、インドネシアに至るには
その手前に立ちはだかる
イギリスの植民地、
マレー半島およびシンガポールを
攻略する必要があった。


日本陸軍が上陸できる
タイからシンガポールまでは
1,100キロの距離があり、
その道のりには
鬱蒼たるジャングルとゴム林が
広がっていた。

さらに湿地帯である半島には
大小約250本の河川が流れ、
南に撤退するイギリス軍が
橋を破壊すれば日本軍の
進撃は難しい。

その間にイギリス軍に
シンガポールの防備を強化されてしまえば
この作戦は失敗に終わってしまう。


この作戦に残された時間はなかった。


大本営は、この作戦の
司令官・山下奉文中将に

「マレー半島を70日以内で
 縦断してシンガポールを攻略」

という極めて難しい命令を下した。


これは、
ジャングルの道無き道を
重い装備を抱え、
激しい戦闘を続けながら、
1日に15km以上
前進しなければならないという計算になる…



しかし、山下中将率いる陸軍第25軍は
驚くべき進撃を見せた。


次々に待ち伏せるイギリス軍を踏破し、
わずか55日でマレー半島最南端に
到達したのである。


たった3万5000人の日本陸軍が、
倍以上もいる約8万8000人の
イギリス軍を打ち負かした。


この戦闘で日本軍は、
英軍に2万5000人の損害を与え、
5個旅団を壊滅せしめた。

まさに日本軍の完全勝利だった。


日本軍の勢いに
イギリス軍は恐れおののいた。

このマレー上陸作戦が成功したおかげで
日本軍はのちの戦いを
優勢に進めることができたのである…



* * * * *



いかがでしょうか?

私たちは学校で
「日本は無謀な戦いをした」
という風に習いましたが、

一方でこのような日本軍が圧勝した
エピソードは習いませんでした。


歴史を少しずつ紐解いていくと
不可解なことばかりです…

例えば、、、

海軍界には“砲戦では船は沈まない”
という定説があったにもかかわらず、
日露戦争で日本人がそれを最初に
覆していますし…

世界で最初に空母機動隊を
運用したのは日本で
欧米列強はそれを見習って大急ぎで
軍備を増強しています…


私たちは戦後の教育で
「日本軍の戦略や体質がいかにダメであったか」
ということばかりを教わりました。

しかし、一方でこのような話を
聞かされていないというのは
誰かにとって何か不都合なことでも
あるのでしょうか・・・?
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