無臭の液体と、臭気のある液体とを選んで飲むとき、無臭の液体を選ぶ本能が私たちには備わっています。
悪いことなの?
少しも悪くない。本能は特徴の強いものを避けてしまうんですよね。非常にざっくりと。本能ってざっくりとしか働かないんですもん。
安全のために備わった本能ですよね。
水を浄化できて人工的に清潔な飲料水を庶民が飲めるようになってまだ百年も経っていないですよね。本能で「この水はやばい」「この水なら飲んでもいいかな」なんて判断してきたわけです。本能と、多少の経験とで。
身体欠損がある人を見ても疫病に罹患しているためかそうでないか、たぶん完全には区別できません。ウィルスのキャリアかどうか、見てわかるわけもありません。それって悪いことでしょうか? 少しも悪くない。
こういう背景事情は、無視したらいけないですよね?
科学が発達していなかった頃には、差別意識のない個体はみな淘汰されてしまいましたよ。
恐ろしい疫病に罹患した人を差別して遠ざけないことには、集落が全滅してしまうかもしれません。病人を差別せずに受け入れた村は、たぶんもう子孫を残していないでしょうね。昔は細菌もウィルスも知られていませんでした。そんな大昔じゃないですよ! わずか数世代前です。理由はわからない。でも見た目がやばい。だから隔離する。本能のままに。そうやってきたんです。
私たちは全員疑いなく、差別によって生き残ってきたサバイバーです。
ユニークフェイスの人もね。必ず、祖先がそうしてきたんです。
恐怖も痛みも嫌悪感もすべて種を生かすために備わったもの。たいへん強い力を持つものです。
伝染病に罹患した個体には近づいてはいけなかった。怪我の多い個体は避けたほうが安全だった。ちょっとした「違い」に敏感でなければならなかった。何百万年ものあいだ、そうしてきました。
危機を回避させたのは知恵ではありません。本能です。恐怖や嫌悪です。
このことをふまえずに、「差別」などと小さな問題をのみ切り取って、果たして意味があるのでしょうか?
本能が避けようとするちょっとした「違い」に、果たして「差別をなくそう」という言葉が立ち向かえるでしょうか。
◆
■「顔の差別で人は死ぬ」 あざ・まひ・傷の痕…ユニークフェイスの闘い「顔にペンキをぬって歩けますか?」
(ウィズニュース - 11月23日 07:01)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=220&from=diary&id=5388372
顔の変形やあざ、まひ、傷の痕……。普通とは異なる顔を持つ人たちを支援し、「容貌(ようぼう)差別」を20年前に世の中に問うた男性がいます。石井政之さん(53)。当事者の自助組織「ユニークフェイス」の創始者です。11年前に活動から身を引きましたが、ことし9月に再び活動を開始。石井さんは、「顔の差別で人は死ぬ」と訴えます。(朝日新聞文化くらし報道部記者・岩井建樹)
【写真】顔にあざ、あだ名は「人造人間キカイダー」…闘い続ける当事者 メイク講座も
「もう一度、苦しんでいる人に寄り添いたい」
愛知県の豊橋駅で10月下旬、石井さんと会いました。石井さんの顔の右側には大きな赤あざ。思わず目線を向けてしまいました。まるで、地図のように見えます。
その後、顔にまひがある女子大学生と合流。「就活で顔について聞かれたらどうしよう」という女性の不安に、石井さんは耳を傾け、「しどろもどろになっちゃいけない。想定質問をつくり、はきはきと答えよう。印象が違うよ」と、アドバイスを送っていました。石井さんが9月から開いている交流会の一場面です。
11年の時を経て、なぜ活動を再開したのでしょうか? 理由を尋ねると、石井さんは一瞬、鋭い目線を向け、よどみない口調で語りました。
「私の力不足で、ユニークフェイスの活動が停滞し、顔の差別で苦しんでいる人たちに最後まで手を差し伸べることができませんでした。その悔いがあり、もう一度、苦しんでいる人に寄り添いたいと思いました」
自殺した子の親から手紙
石井さんが1999年に東京で立ち上げた自助組織「ユニークフェイス」(後にNPO法人化)は、「固有の顔」という意味で、当事者を指す言葉としても使われています。容貌差別を解決しようとする初の団体として、全国的に注目されました。会員は300人を超えました。
石井さんはもともと、フリージャーナリストでした。団体を立ち上げる前、自らの差別体験を描いた著書「顔面漂流記」を出版すると、反響は大きく、段ボール2箱分の手紙が届きました。いじめを受けた告白など壮絶な体験が記されており、自殺した子の親からも手紙が来ました。
「普通の外見でも、いじめられる子がいる世の中で、顔が普通と違えば、格好のいじめの対象になる事実があります。顔の差別で人は死にます。この問題に本気で取り組もうと思い、団体を立ち上げました」
あだ名は「人造人間キカイダー」
石井さん自身も幼少期から差別を受けてきました。小学校時代のあだ名は、「人造人間キカイダー」。当時放送されていた特撮ヒーロー番組のキャラクターでした。中学生のときには街で、通りすがりの女性に、「もし私があんな顔なら死ぬわ」と言われました。
「当時、強烈にひとりぼっちでした。でも『悪いのは僕じゃない。悪いのは、世の中だ』と考えていました。ジロジロと顔を見られたら、にらみ返しました。顔にあざのある私は、『この社会で生きることを許されているのだろうか』と強い不安があり、私を否定する社会のまなざしに抵抗したいとの思いがありました」
顔にペンキをぬって歩けますか?
ユニークフェイスは、当事者が悩みを語り合う交流会や、あざや傷を隠すメイク勉強会などを開催。講演やメディアを通し、顔への差別を巡る問題を訴えました。しかし、講演を聴いた男性から、「見た目の問題なんて、たいした問題ではない。大切なのは、顔よりも心だ」と言われることもありました。
「私は男性に聞き返しました。では、顔半分にペンキをぬって街を歩けますか? もし娘さんの顔に大きなあざがあったら同じ言葉を言えますか? もし配偶者にあざがあったら結婚していましたか? と。自分事として考えた時、問題の深刻さがわかります」
「あざはメイクで隠せるから、問題ないと言う人もいます。でも、セックスする時、どうするんですか? 友人と温泉旅行するときは? そこまで突っ込んで議論せず、『問題ない』とは言ってほしくありません。メイクで隠せたとしても、自己肯定感に大きくかかわる問題です」
「ユニークフェイスの人たちは、外見が普通とは違うがゆえに、『学校でのいじめ』『就職差別』『恋愛・結婚できない』という三つの困難に直面します。自己肯定感も低く、三つすべてをクリアできる人は、なかなかいません」
ユニークフェイスの活動中、当事者の親から「活動をやめて。うちの子が『ユニークフェイス』とあだ名をつけられ、いじめられたら責任がとれるのか」との声も届きました。
「気持ちはわかります。でも、悪いのは私ではなく、いじめる側です。それに、それまでは私たちを指す呼び名はなく、『バケモノ』と呼ばれていました。それと比べれば、ユニークフェイスという呼び名ができたことは前進だと考えていました」
当事者を救えなかった
2007年、石井さんは結婚を機に、静岡県の会社に就職し、活動からは身をひきました。このため、ユニークフェイスの活動は滞り、2015年には、NPO法人解散を公表しました。
「人材も運営資金もギリギリで、身も心もすり減っていました。持続可能な組織ではありませんでした。そんな時、自分には縁がないと思っていた結婚をしました。家族を養うため、収入が不安定なフリージャーナリストをやめ、静岡県の一般企業に就職しました。活動から逃げてしまったという後ろめたさもありましたが、当時の判断は間違っていなかったと考えています」
「ユニークフェイスの活動を振り返ると、『社会への問題提起』には成功したと思います。それまで私たちの存在は社会的に認知されず、少数者でさえありませんでした。そんな中で、活動を通し、自分たちの存在を世の中にアピールはできました。でも、苦しんでいる当事者を救うまでには至りませんでした」
抗議する声がまだまだ足りない
ユニークフェイスが活動を実質的に停止している間に、元事務局長の女性がNPO法人「マイフェイス・マイスタイル」(東京)を立ち上げました。当事者が差別にあうことを「見た目問題」と名付け、今も解決に向け取り組んでいます。
一方の石井さん。2011年に愛知県豊橋市に移り住み、仕事に子育てにと忙しい日々を送っていました。しかし、ユニークフェイスから活動の半ばで身を引いた後悔が消えませんでした。2016年に「ユニークフェイス研究所」を発足。サービス業の仕事のかたわら、今年9月から、交流会や大学での講演を始めました。
まずは2年間、月に1度の交流会を豊橋市で続ける予定です。そして、ネットでの情報発信を続けていくと言います。当事者の自伝を出版するユニークフェイス専門の出版社を立ち上げる構想もあります。
「ユニークフェイスを当事者運動としてとらえたとき、世の中に顔と実名を公表して、『私たちは差別を受けているんだ』と抗議する声が、まだまだ足りないと考えます。もちろん、メンタルにダメージを受けた人が表に出るのは簡単ではありません。それでも、社会を変えるには、差別を受ける側が声をあげていかなければなりません。それが、障害者やLGBTなど他の当事者運動が教える教訓です」
「交流会に参加した人が、ユニークフェイスの旗を掲げ、各地で声を上げてほしい」
それが石井さんの願いです。
◆
(超耳)
>あざはメイクで隠せるから、問題ないと言う人もいます。でも、セックスする時、どうするんですか? 友人と温泉旅行するときは? そこまで突っ込んで議論せず、『問題ない』とは言ってほしくありません。
そんなバカは最初から相手になりえません。いくら論破したところで100人中99人のバカは反省しないし成長しません。もうそれらはどうしようもないのです。一般の人向けの記事に登場させないほうがいいと思います。
最初から負けているバカ相手に「お前は間違っている」という話に文字数を割くのではなく、もっと大きな相手に立ち向かうべく労力を使ってほしいなと思います。
本能が避けようとする問題、どうしたらいいのでしょうか?
眼の前にコップの水があったとして、無臭のものとわずかにニオイを感じるものと、私たちはどうしても片側を選びたくなってしまう問題、どうしたらいいですか?
私の小さく愚かな脳で考えるところでは、「本能には逆らいようがない。だから本能の部分だけは最初から譲歩を用意しておきませんか」です。
心ある人には、うまく本能の忌避感覚を鈍くする方法を広め、そしてまた個人の魅力なり能力なり権力なりを増大させることで心ない人も黙らせる。難しいことは承知していますけど、両面の作戦が必要かなーと思います。
たとえ強めに嫌悪を感じたとしても「口に出して言わない」「態度にも出さない」なら、かなり多くの人に期待できるラインだと思います。何も感じるなというのは無理です。
じつは本能の問題に対しては程度の差はあれ(ユニークフェイスの人たちは激甚に大きな差を感じていらっしゃるとは思いますが、「程度の差」と表現させていただければと思います)誰でも戦いつづける日々なのではいでしょうか。
好きになる相手を見た目で100パー決めるというダメ個体も、ヒト種の中には一部にいますよね。まあ、100%なんていう人はめったにいないと思うんですけれど。
でも同様に、容姿を加味する度合いが0%という人もごく稀だと思うんですよ。それってどうにかなるものでしょうか。少なくとも評価に上乗せ分としては、容姿も評価していいと思うんです。減点はダメですよ。
容姿への判断を減点で判断する人も、おそらく多数いるんでしょうね。
テレビとかでも平気で言っていますもんね。体重とか身長とかの話。減点法で語られることが多いし、語っている方も差別だと感じていないっぽいですよね。
落とし所は、「口に出して言うのは避けましょう」「容姿の問題を減点法で評価するのは避けましょう」というあたりじゃないでしょうか。ユニークフェイスのことだけじゃないですよね。目でも鼻でも歯でも頭髪でも顎でもなんでも、目立つものは誰しも多少持っているものだと思います。
>通りすがりの女性に、「もし私があんな顔なら死ぬわ」と言われました。
これもさあ。
世の中からこういう人が一掃されることって起こり得るんでしょうか?
どうしようもない例を挙げられても白けてしまいますよ。こういうバカは年収でも差別するに決まっています。国籍でも、肌の色でも、血液型でも、祖先の血筋とかでも出身の都道府県でも差別するバカなんですよ。明らかじゃないですか。
顔は隠しようがない、という点では悪い例ではないのかもしれませんけれど。
この「通りすがりの女性」を登場させれば、およそ世の中のすべての問題を深刻に演出できちゃうじゃないですか。
そんなのを相手に戦っている人を応援してもキリがないことは自明。
だからこの問題については、気の毒には思いつつ、放置かなあ。
>『私たちは差別を受けているんだ』と抗議する声が、まだまだ足りないと考えます
その「声」とかいうのが足りると、私たちはニオイのついた水を選んで飲むようになるんですか?
方向間違っていませんか? 「抗議」なんか増やして解決すると本気で考えているの?
あなたが「自分はなんであれ努力した」「他人に聞かせて欲望をかなえた」という満足を得るにはいい方法だと思うんですけど。
本能という巨大な相手にどう立ち向かえばいいのか、考えて、教えてくださったらなあと願います。
わざと避けて問題を矮小化しようとしてない?
差別なんていう小さな問題に押し込めて解決するんですか?
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