マナー議論なんていう不毛なことをする輩にダメ出しするのは大いにアリだと思います。声かけ「すべき」を否定することには私も同意します。
「マナー強要には限界があり、たとえばオレみたいな主張をする人にはまるで意味がないよ。参考にしてね」
というのが堀江氏が最初から想定している着地点ですよね。じつは議論しようとなんかしていません。最初からこの人は基本のキしか言っていない。完結している。
煽りが上手なのでつい他者は彼に反発する気持ちを抱くんでしょうね。そして気持ちに素直に行動する愚か者が多くて、議論めいたものが起こる。最初から基本のキを言っている堀江氏にダメージがゆくことはない。というところまで推測できます。きっと何度も繰り返されてきた様式美なんでしょう。
◆
堀江氏「ウゼェ」新幹線の座席倒す際の声かけに持論
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=5203821
ホリエモンこと実業家の堀江貴文氏(45)が、新幹線の座席を倒す際に声をかけてくる乗客を非難し、物議をかもしている。
堀江氏は14日、新幹線のグリーン車に乗車中にツイッターを更新。「前の席のクソ野郎がおれが寛いでいるのにもかかわらず一々『席を倒していいですか?』とか聞いてきやがる。ウゼェ。勝手に倒せや。そうやって何でもかんでも保険かけようとすんなボケ」とほかの乗客とのやりとりを明かし、賛否を呼んだ。
新幹線や飛行機などの座席のリクライニングをめぐってはこれまでにも今回のような“声かけ”問題や、倒してもよい角度などについてネット上でたびたび議論が繰り返されているが、「知らん人に話しかけられたくないんだよ」と、干渉されることが不快だという堀江氏。声をかけてきた乗客に対し「いちいち聞いてくんなよ」と注意したことも明かし、声かけ肯定派の意見に対して「おれの時間を奪うなってことだよ」と主張した。
この議論は17日になっても続いており、堀江氏は「座席倒すのはそもそも座席に内包されてる権利だろ」と、声かけは不要だとする考えを繰り返した上で、「座席を倒す前に声をかけるというクソマナーなるものを絶滅させたいと思ってるから」と、今回の件を問題提起した理由を説明した。
◆
(超耳)
座席マナーを強要する方がダメなのは明白です。補足すらいらないだろうなーと思うんですけれど。
でも私個人の勉強のため、学びのために、少し考えてみます。
思うに、座席を倒してもいいかと尋ねるのはマナーのためではないという認識のほうが重要ではないでしょうか。
私はイニシエーションの一種だと理解しています。通過儀礼ですね。
権利を行使することをためらう必要はありません。けれども相手に「私は承認してやった」という意識を持たせておくことには価値があります。べつの、ささいな問題が発生した際にその人は潜在的に味方になってくれるのです。たとえば荷物を忘れて下車しそうになったとき。通路を歩行する際に足がぶつかったとき。声をかけられた相手はそうしなかった場合よりもずっともう一度の「許しを与える」可能性が高いことでしょう。
権利や義務の点からはイニシエーションは意味がありません。私個人も儀式全般に懐疑的な人間です。必要ないと言いたいのではなく、イニシエーションを目的とするのに長大すぎる・豪華すぎる・義務が多すぎるという点でナンセンスだとつねづね感じています。
けれども乗客同士がささいな迷惑をかけあいトラブル発生の確率がそこそこ高い状態では簡便なイニシエーションがあっていい。上下関係の作り方にも問題なし。自分を許可を求める下の立場にし、相手を許可を与える上の立場にするという図式はリスクも少ない。
というわけで。
「席を倒してもいいですか?」にはメリットがあります。打算やエゴがそうとは捉えられずに世の中に現出する技術の産物なのです。
ぜひ、マナーなどというつまらぬ観点から強要する愚を卒業しましょう。
堀江氏に「ウゼエ」と思われるリスクがあってさえ、声をかけると得をするかもしれませんよ。乗車中はご近所になるので、もしかしたら30分後に足がぶつかるかもしれません。声をかけなかったら堀江氏からは「あのさあ! ぞいぞい言ってないで云々」とか攻撃を受けるかもしれません。でも、「ウゼエ」と思いつつ許可を与えるというイニシエーションを経験した堀江氏は「あ、いいですよ」で終わってくれるかもしれません。
私個人の勝手な思い込みですけれど、堀江氏のように他人の感情に重きをおかない人にさえ、上記のイニシエーションは有効だと考えます。小さなどうでもいい許し(座席の許可)は、次の小さな許しを引き出します。
マナーだからとか、相手に思いやりを持つからだとか、そういう表層的でとりつくろった醜い姿勢で語るのはもうたくさんなので。ぜひ、自分が得をするし相手も得をする(と言っていいと思います)からという論理的な理由で「座席を倒してもいいですか」を実行してほしいな。推奨派の人たち。
「そもそもマナーなるものの正体が超耳の言うイニシエーションなんじゃないの」、というお疑いを持つ向きもあるかもしれません。
まったくそのとおりで反論の余地もございません。
そこまでわかっていてマナーを語り、マナーを実践し、次に起こるささいなトラブルを華麗に切り抜けたいですよね。ほかならぬ自分のため。次に眼の前にいるそこそこ大切な他人たちのために。醜い取り繕いは不要です。
食事のときも。対話のときも。マナーが自分と、次に他人とを助けます。
そして、通行するのが当然の権利である往来を歩くときにも。相手と肩が触れる可能性がちょっとでもあるなら事前に「すみません、通らせていただきます」というイニシエーションを発生させる知恵があると、世の中ずいぶんラクに生きられるようになるではありませんか。もちろん声をかけられた堀江氏は「ウゼエ」と思うでしょうけれどね(笑)。思いつつも、彼はきっと私たちの仕掛けたイニシエーションからは決して逃れられないのです。きっと肩が実際に触れても怒らない。
ログインしてコメントを確認・投稿する