■加計誤情報「認可と関係ない」=安倍首相、面会重ねて否定−参院集中審議
(時事通信社 - 05月28日 12:05)
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(政治断簡)首相のウソ疑惑、問われる与党 編集委員・国分高史
賛否が割れる法案で与党が採決強行を図ると、議場の混乱を嘆き、「熟議を尽くせ」と批判したくなるのは政治記者の常だ。
だが、民主主義とはみんなで議論を尽くして決めるものだという考えは「理想論であり虚像である」と、衆院事務総長の向大野(むこおおの)新治さんが近著「議会学」(吉田書店)で述べている。
40年近く事務方として国会運営を支えてきた経験からすると、国会は国家意思の決定機関ではなく、意思決定をする統治者を掣肘(せいちゅう)する機関であり、その本質は「権力闘争」にある。
議院内閣制のもと、首相や与党はいかに自分たちが統治者として優れているか、野党はいかに政権に問題があるかを、法案審議や国政調査権を通じて明らかにしていく。
こうした闘争の緊張感が政権へのプレッシャーとなって「統治の最善化」が図られ、その成否が選挙での有権者の審判につながるのだという。
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政治のリアリズムに通じた実務者の国会観はよく理解できるし、私たちも国会が権力闘争の場であることはわかっている。
ただ、いまの国会のありようが、向大野さんがいう「統治の最善化」につながっているとはとても思えない。
あまりにひどい、いくつもの「ウソ」により、権力闘争といってもその土台が大きく崩されているからだ。
森友学園との国有地取引についての財務省の決裁文書改ざんと交渉記録の意図的な廃棄は、「記録は残っていない」という担当局長が国会でついたウソを繕うため、組織的に隠蔽(いんぺい)工作を重ねた信じがたい不祥事だ。
この件だけでも政権の存続が問われておかしくないのに、さらに深刻なのは加計学園の問題だ。
愛媛県が国会に提出した文書によって、安倍晋三首相が加計学園の獣医学部新設を知ったのは昨年1月であり、加計孝太郎理事長とは獣医学部の話をしたことはないという国会答弁が、「ウソではないのか」と疑われている。
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「議会でのウソは神へのウソと見なされる西欧と違い、日本では国会でのウソは絶対に許されないという規範があまりに弱い」
こう語るのは、やはり長年衆院事務局に勤めた平野貞夫元参院議員だ。
もちろん平野さんも国会が権力闘争の場であることは否定しない。ただ、いまの森友・加計学園問題をめぐる与野党の攻防には、違和感があるという。
「野党は刑事事件の法廷闘争のように首相を追及するが、それで首相がすべてを話すわけがない。そうではなく、まずは明らかになっている事実によって首相に道義的責任があることを証明し、それを与党にも認めさせるのが国会の本質的な役割ではないか」と話す。
「ウソも方便」とはいっても、国会での首相答弁にウソがあっていいという議員は与党にもいないだろう。首相に向けられている重大な疑惑にどう対処するか。与党も問われている。
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上記は、今朝の朝日新聞に掲載された、編集委員・国分高史氏による「(政治断簡)首相のウソ疑惑、問われる与党」という論評の全文である。
この・国分高史編集委員の論評のなかでわたしが最も注目したのは、
「議会でのウソは神へのウソと見なされる西欧と違い、日本では国会でのウソは絶対に許されないという規範があまりに弱い」
という長年衆院事務局に勤めた平野貞夫元参院議員の言葉である。
たしかに西欧では神は絶対者であり、その神へのウソは�犁腸颪紡个靴騰瓩箸いΔ茲蠅癲�議員一人ひとりの�犧欧領豹瓦紡个靴騰瓩任△蝓△世�ら議会でうそをつくのは決して許されないのかもしれない。
では、日本ではどうだろうか。
�爐△泙蠅砲劼匹ぁ△い�つもの「ウソ」により、権力闘争といってもその土台が大きく崩されているからだ。/ 森友学園との国有地取引についての財務省の決裁文書改ざんと交渉記録の意図的な廃棄は、「記録は残っていない」という担当局長が国会でついたウソを繕うため、組織的に隠蔽(いんぺい)工作を重ねた信じがたい不祥事だ。/ この件だけでも政権の存続が問われておかしくないのに、さらに深刻なのは加計学園の問題だ。/ 愛媛県が国会に提出した文書によって、安倍晋三首相が加計学園の獣医学部新設を知ったのは昨年1月であり、加計孝太郎理事長とは獣医学部の話をしたことはないという国会答弁が、「ウソではないのか」と疑われている。��
与党議員のなかにも、�牋打椰源阿魯Ε修鬚弔い討い覘瓩塙佑┐覽聴�は少なくないらしい。しかしそれが与党のなかでは声にすることができない。なぜなら、自分たちが作り上げた�牋打椣豢�体制�瓩�あまりにも絶大になりすぎて、もはや自分たちではコントロールすることができなくなってしまったからだ。下手に安倍晋三に反旗を翻して、そのために次の選挙で与党候補という公認がもらえなくなるのではないか。そうなれば、国会議員としての自分の身がどうなるのかわからなくなる。それならば、ここは黙っておこうという�狄翰��瓩�働いてしまう。
つまり西欧の�犁腸颪任離Ε修録世悗離Ε修噺�なされる�瓩箸いΔ海箸醗曚覆蝓∧歐箸里燭瓩豊爛Ε修睚�便�疆�になってしまうのである。その与党議員たちの�爛Ε修睚�便�疆�な姿勢がこの�爛皀螢�ケ問題�瓩魄貲�以上ズルズルと長引かせて、未だに真相解明が行われていないのだ。
「議会でのウソは神へのウソと見なされる西欧と違い、日本では国会でのウソは絶対に許されないという規範があまりに弱い」
わたしは。この西欧と日本との�犁腸颪任離Ε臭瓩紡个垢詛Ъ韻琉磴い法�日本において真に民主主義が成り立たない原因があるように思われてならないのである。編集委員・国分高史氏による「(政治断簡)首相のウソ疑惑、問われる与党」という論評はそんなことをわたしに問いかけているように思えたのである。
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