最近、範疇と言う言葉を多く見かけるようになってきた。
あくまでも個人的な観測だが、90年代の出版物には範疇という表現はほとんどなかったと記憶している。2000年代もそれほどではない。
ここ数年、驚くほど高い確率で範疇を目にし、しかもそのほとんどが誤用だ。
範疇は本来、カテゴリとおおよそ同じ意味を持つ。カテゴライズ、分類された中の一区画を範疇という。例えば「野球は球技の範疇に収まる」は正解で、「その件は私の責任の範疇ではない」は誤用だ。後者は範囲の方が正しい。(慣用には範囲内を使う場面と思われるが)。
どちらもある一定の領域を指すが、範囲というのが基本的に内と外という概念で使用されるのに対し、範疇は複数の分け方があるという前提で、その中の一つの範囲内と言う意味を持つ。
似ているようで違うので、カテゴリという言葉に置き換えられるかどうかで比較的簡単に見分けはつく。
ここで、辞書を見せて反論をする人が出るかもしれない。例えばgoo辞書にこうある。
1 《「書経」洪範の「天乃ち禹に洪範九疇を錫 (たま) う」から》同じような性質のものが含まれる範囲。カテゴリー。「コメディーの範疇に属する映画」「趣味の範疇を出ていない」
2 哲学で、あらゆる事象をそれ以上に分類できないところで包括する一般的な基本概念。
例示しといてアレだが、今回の範疇は非常に明快な方である。これを提示して「ほら、同じような性質のものが含まれる範囲。って書いてあるだろう?だから『これは私の責任の範疇ではありません』という言い方は間違いなんだよ。」といえば、普通の人は納得する。それはカテゴリではないからだ。
しかし、国語辞書を杓子定規に読む場合、
同じような性質のものが含まれる範囲。って書いてあるじゃん?俺の責任、あいつの責任、彼の責任、って分けていけば、そういうカテゴリってことにしちゃえば、範疇でも大丈夫だよね?
この問題は実は少し深めに考えてみたのだが、「範囲と範疇は絶対に使い分けるべき」という考えさえ捨て去れば、確かに正しいのだ。例えば数学的視点で見れば、2は1を2つ含むので、全体の中に1つカテゴリがある場合も、2つカテゴリがある場合も意味としては同じだ。場合によっては0のカテゴリがある場合、-1のカテゴリがある場合、-1/iのカテゴリがある場合・・・とさえ拡張できる(笑)。
したがって、範囲と範疇の境界は主観的な線引きでしかなく、範疇は範囲の範疇に収まってしまうのだ。あれ。範疇は範囲の範囲に含まれるの方が正しいんだっけ?(笑)。
国語の問題は正解がない。自分が正しいと思っていたことでも、深く考えてみると根本は同じで、間違いとも区別がつかない。
駄文だけれども、やはり国語の論理考察は楽しい。
■退位の礼など9儀式を天皇の国事行為で 政府が方針
(朝日新聞デジタル - 02月20日 10:29)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4994267
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