■南京事件80年、習主席が3年ぶり式典出席
(朝日新聞デジタル - 12月13日 12:46)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=4901790
(社説)南京事件80年 冷徹な直視の姿勢こそ
南京事件は、日中戦争の初期におきた。1937年12月13日に南京を陥落させた日本軍が、捕虜や一般市民を数多く殺害した。
それから80年。この事件は今も日中間の火だねとなる歴史認識問題の一つとなっている。
13日の南京での追悼式典には習近平(シーチンピン)国家主席が3年ぶりに出席したが、演説はしなかった。節目の年に歴史を重視する姿勢を見せつつ、日本への刺激は避ける配慮を示したようだ。
日中関係はいま、確かに改善傾向にある。冷静に歴史問題を見つめることができるようになったと考えたい。
事件については、犠牲者の人数が主な争点にされ、議論がこじれがちだった。中国では、戦後の南京での軍事裁判の判決を根拠に「30万人」が公式見解となり、政治の指導者もたびたび言及してきた。
だが、その裏付けは不十分と考える歴史研究者は中国でも少なくない。ただ、公開の場やメディアで発信できないため、多様な見方が日本に伝わらない。
一方、日本では数万から20万人まで見方が分かれるが、事件自体を否定する歴史研究者はまずいない。当時、軍紀の乱れが深刻な問題になったことが記録や証言に残っており、事件は否定しようがない。
出版物やネット上では、事件がなかったかのように扱う論調が以前からあり、近年強まっている感がある。この風潮が日本の主流の考えであるかのように中国で扱われることもある。
加害者・被害者の立場の違いに加え、言論や学問の自由をめぐる違い、そして時に政治的な思惑も絡み、互いに理解を妨げている現実がある。静かな環境で研究と交流が日中間で進むよう望みたい。
そもそも、人数は史実の重要部分ではあっても、歴史から教訓を学ぶうえでは必ずしも問題の本質とはいえない。
何万人が死んだ、ということではなく、一人一人が死に、それが何万にも上ったのだ――。南京事件のただ中に置かれた中国の知識人の日記の形をとった堀田善衛の小説「時間」は、主人公にこう語らせている。
80年も経てば証言者は減り、記憶は風化する。日本にとって恥ずかしい過去を表に出すのを拒もうとする力は、今後さらに強まるかもしれない。
しかし、過去を直視できないとすれば、それが真に恥ずべきことだ。不戦を誓う平和国家としての戦後の歩みを誇りとしつつ、不幸な過去に厳然と向き合う姿勢を忘れてはなるまい。
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上記は、今月17日付の朝日新聞の社説「南京事件80年 冷徹な直視の姿勢こそ」の全文である。
わたしがこの朝日新聞の社説のなかで最も注目したのは、下記の一説である。
�狃佝琶�やネット上では、事件がなかったかのように扱う論調が以前からあり、近年強まっている感がある。この風潮が日本の主流の考えであるかのように中国で扱われることもある。/ 加害者・被害者の立場の違いに加え、言論や学問の自由をめぐる違い、そして時に政治的な思惑も絡み、互いに理解を妨げている現実がある。静かな環境で研究と交流が日中間で進むよう望みたい。/ そもそも、人数は史実の重要部分ではあっても、歴史から教訓を学ぶうえでは必ずしも問題の本質とはいえない。/ 何万人が死んだ、ということではなく、一人一人が死に、それが何万にも上ったのだ――。南京事件のただ中に置かれた中国の知識人の日記の形をとった堀田善衛の小説「時間」は、主人公にこう語らせている。/ 80年も経てば証言者は減り、記憶は風化する。日本にとって恥ずかしい過去を表に出すのを拒もうとする力は、今後さらに強まるかもしれない。��
従軍慰安婦問題にせよ、この「南京大虐殺事件」にせよ、この国は自分たちに都合が悪い過去はすべてなかったことにしようとする姿勢が強い。このことは、単に70年も80年も昔のことではなく、昨今の「森友問題」「加計学園問題」でも安倍政権の態度はまさにそのことをよく表している。
南京大虐殺事件に関しては、笠原十九司著『南京事件論争史-日本人は史実をどう認識してきたか』(平凡社新書)の現在「南京事件はなかった」という議論は一体何かという問いかけがわたしのなかに強く残っている。
笠原氏によれば、それらは�牾慳篥�見地�瓩�らによるものではなく、�狎�治的・運動的�畍�地から行われているものだという。「南京事件否定派」の論拠は、今や南京事件の証拠写真の信憑性を問うだけであり、それはもはや�爛淵鵐�セ�瓮譽戰襪鵬瓩�ないとされている。「南京事件否定派」が台頭してきたのは、1980年代から90年代にかけてであり、それは日本が�犒从兮膵餃瓩箸靴得こΔ砲�いて君臨し始めて時期と時同じくしてからだと、笠原氏は指摘する。ちょうどそのころ、「新しい教科書をつくる会」という右翼系団体が登場してきた頃である。
笠原氏によれば、1980年代になって「自分たちの祖父たちは中国大陸で放火、強盗、殺人、婦女暴行を行った犯罪者だというのか」という声が日本側から起こり、�牾慳篥�見地�瓩�ら南京大虐殺事件はあったと決着されていたものを、再び�狎�治的・運動的見地�瓩�ら事件の存在そのものを否定しようとする声があがったという。
自分たちの祖父たちの名誉を守るといいながら、要はその祖父の孫にあたる自分の名誉を守りたいがためだけのことに、わたしは思えるのである。
この朝日新聞の社説に登場する堀田善衛の「時間」という小説を読んでみたいと思うようになった。わたしは恩師・原野栄二先生から様々な歴史的証言をお聞きしてきた。その証言をわたしの次の世代に伝えていくことがわたしの使命だとも思っている。その原野先生の歴史的証言を補完していくことが他紙のこれからの指名なのかもしれない。
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