mixiユーザー(id:6356567)

2017年12月06日19:54

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モルモン教徒の姉妹が来たおはなし

童顔の二十歳と二十六歳の姉妹がうちにきたんですよ。
まー清純な顔してましたね。
取り出したるはモルモン書!
僕は言っちゃいましたね「異端かよ!異端信じたら地獄にいかないか?」
そっからぼかぁまくし立てちゃいましたねえ・・・
真実の教えだのに、聖書の上書きして新しく何か出すってアップデートパッチか何か?
まぁでも良いよね、インディアンを虐殺したイギリス移民の白人が実は先住民族は白人だよってする事によって、罪悪感をなくして国家を一つに纏めようとするのならばそれも良いだろう。
親鸞聖人も女の子とHしたくてたまらんくて、この悩みをどうしようと本を読んで考えて浄土真宗作ったしね。
自分達が確固たるアイデンティティを持つ為にそうやって宗教を使うのは良いと思うよ。

ちなみにアイヌとか琉球とかどう思う?民族や国家の分離分断やってるよな。良くないよね?
同性愛は焼けた鉄板の上を歩くんだよな、異端は生きながら焼かれるけど大丈夫?
これに対し多様性が大事とかまー月並みな事で返して来たな。

モルモン書を俺に渡してまた来て良いですか?って来たが君らだけなら良いよ、他の奴連れてきたらあわんと言っといた。しかしねーまじめな子なんだろうな。
これだけ多数の教えやら宗派があるのは何故?に対して真実の教えがモルモンらしいが、それも聖書が下敷きだろう、聖書こそを学ばなくちゃいけないのに、初っ端モルモン書を渡す当りがね。
第一、作家さんから買って来た本じゃねえのこれ。
同じものを読んでも聞いても見ても、先入観とかによってホント変わるんだよなぁ。
次に会う時には、北広島のパブテスト教会にでもつれてくかね。行くつもりがあるならば。


「聖書を開き、みことばを読み、その章全体を読み通す。それなのに、目の前のページに書いてあることとは全く異なった結論を引き出している場合さえある。
このような危険に陥るのは、私たちに自分の意見をもって聖書に近づく傾向があるからである。自分の意見をもって聖書に近づくために、読むことがみなそれに支配されてしまう。
しばしばこういう経験をすることがある。自分の思ったことは、なんでも聖書から証明できるとも言える。このようにして異端が起こってきた。」

「異端者は、必ずしも不誠実な人ではなかった。彼らは誤りをした人なのである。彼らは、故意に誤りの道に行き、誤りを教え、説く人であるかのように考えてはならない。
彼らは教会の歴史において、まじめな人物と数えられる人である。問題はそこにあるのだろうか。それは次のような点である、つまり彼らは、ある見解を展開させた。
もちろん、彼らはそれが気に入っていた。そこで彼らは、この見解をもって聖書に立ち返った。
そして、彼らは聖書の至る所で、自分と同じ考えを発見するように思ったのである。
・・・自分の見方た先入観をもって、あるいは自分の気に入った考えをもって聖書を読むことほど、危険なことはない。」

(マーティン・ロイドジョンズ)
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