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2017年10月30日14:36

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12日間の闘い・終了

終わってみれば、あっという間という、当たり前の感想になる。
しかし、振り返ると、今回ばかりは我ながらよく頑張ったと思ってしまう。
12日間、介護はいつもの通りあったし、仕事も一日しか休まなかった。

前半は、バセドウ病の治療薬を中止することによる体調悪化との闘いだった。
メルカゾールという薬を一日4錠服用していたが、これを一挙にやめる。
案の定、疲労感が押し寄せてくる。
普段は自動車通勤なのに、病院通いで電車に乗る事が多くなった。
病院までは地下鉄を利用、地上に上がる階段が長い。
下から見上げた時に、「俺は上までたどり着けるだろうか?」と本気で思った。
通路を歩いていれば、ドンドン人に追い越されていく。
ついに4年前と同じ衝撃、おばあちゃんに追い抜かれた(笑)。

投薬の中止とともにスタートしたのが、食事制限(ヨウ素制限)。
なぜヨウ素制限が必要か?病院の文章をそのままペーストする。
「甲状腺は体外から取り込んだヨウ素を材料にホルモンを作り出します。この取り込む性質を利用して治療や検査を行います。放射性ヨウ素をなるべく多く甲状腺内に取り込ませるために体内に入るヨウ素を制限します。」
一週間ほど、ヨウ素が体内に入らなかったあとに、放射性ヨウ素が取り込まれた。
喜んで飛びついた甲状腺は、この大好物を食べた時から放射能でやられていく。
肥大した僕の甲状腺は約半年間をかけて、この放射能で徐々に小さくなっていく予定だ。

ヨウ素だが、調味料にはほとんど入っている。
なので、加工品はほぼ全滅。
素材から自分で作ったものしか、信用できないので、食事を徹底的に制限した。
このあたりの様子を書いたの日記ふたつ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1963273952&owner_id=16090150
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1963306861&owner_id=16090150&org_id=1963273952

放射能を体した身体から排出される液体による感染を防がなければいけなかった。
その日からマスクを着用。
職場のトイレは、一箇所を自分専用にし、清掃も自分でやった。
あと、洗濯物は、家内と分けなければいけなかった。

今回いちばんキツかったのが、ひどい咳。
それが風邪によるものなのか、治療によるものなのか、判らなかった。
風邪薬はこの期間飲めないので、咳止めの処方を受けたが、一向に治まらない。
就寝時、横になると狂ったように、咳が出てくる。
これは一週間くらい続き、睡眠を妨げられたが、治療期間の終了とともに治まった。

今はすっかり日常に落ち着き、メルカゾールの服用も再開、ヨウ素制限も解除。
ただ大好きな孫との接触が、今月いっぱいはダメなだけだ。
11月からは完全に以前の生活が戻る。
唯一の制限は、半年の避妊(爆)。(このワードお気に入り)

介護があるからと、通院治療ができるこの方法を選んだが、元々は10日間の入院を伴う治療なのだ。
外科手術(甲状腺切除)は入院必須だが、今回選んだ治療は、カプセルの服用なので、それがない。
しかし、身体への負担は、どうなのだろうか?
今回が入院治療だったら、どんなに楽だったかと思う。
毎日女性看護師さんにお世話してもらえるので、まさにハーレム状態だったはすだ(笑)。

介護と仕事を続けながら、挑んだ12日間の闘い、よくできたと思う。
今回ばかりは自分で自分を褒めてあげようと思う。
「豊!痛みに耐えてよく頑張った!感動した!」
(痛みはなかったけど、小泉首相を真似て言ってみた)

63歳まだまだ、攻めるぞ!
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