文字通り「グローバル(地球規模)」な
グローバリズムが始まったのは、
ポルトガル人のヴァスコ・ダ・ガマが
喜望峰航路を開拓した時点(1498年)でございます。
ちなみに、誤解している人が少なくないですが、
ガマの艦隊がインドに到達する以前から、
南アジア・東南アジアの胡椒やスパイスは
欧州に輸出されていました。
南アジアや東南アジアの香辛料は、
中東のイスラム商人により
レヴァント(現シリア)まで海上輸送され、
ヴェネチア商人により欧州に運ばれました。
当時の欧州諸国には、
現在の洋食で普通に使われるトマト、
ジャガイモはありませんでした。
食の中心は限られた野菜に穀物、
塩漬け肉、野鳥、やはり塩漬けの干魚程度でした。
牧畜は行われていましたが、
干し草の保存ができず、
家畜はほとんど秋に屠殺します。
殺した家畜の肉を塩漬けにし、
冬を乗り切るために保存するわけですが、
日が経つにつれて腐敗臭が酷くなります。
もちろん、味も劣化します。
とはいえ、他に食べ物がないため、
欧州人たちは春まで腐った肉を
食べざるを得なかったのです。
そこに、香辛料がやってきました。
香辛料が臭いを消し、
肉を食べやすくしてくれます。
欧州の香辛料の需要は「無限」に
近かったのですが、供給は限られていました。
結果的に、欧州で独占的に香辛料を扱う
ヴェネチアは大いに栄えます。
逆に言えば、ヴェネチア以外の国々にとっては、
インドや東南アジアとの間に
「スパイスロード(香辛料の道)」を
切り開くことが悲願だったのです。
ヴァスコ・ダ・ガマのインド到達以降、
ポルトガル人は東南アジアの
マラッカ(現マレーシア)などに拠点を築き、
香料諸島から香辛料を欧州に送り始めます。
「神はティモールを白檀のために、
バンダをナツメグのために、
そしてモルッカ諸島をチョウジのために
造り給うた(ポルトガル人のトメ=ピレス)」
1543年(1543年説もあり)に、
ポルトガル人が種子島に漂着したのは、
そういう事情なのでございます。
その後、欧州でスペイン・ポルトガルと
独立戦争を戦うオランダ人が、
あるいはイギリスなども香辛料貿易に乗り出し、
各国は激しく争うことになります。
日本はポルトガル人来訪から
秀吉の伴天連追放令、
あるいはイギリス東インド会社の平戸撤退まで、
第”0”次グローバリズムに巻き込まれることになります。
江戸幕府の鎖国政策により、
日本は一時的にグローバリズムから
足抜けするのですが、その後、
江戸末期から明治維新にかけ、
第一次グローバリズムにどっぷりと浸かることになります。
ちなみに、第一次グローバリズムは、
1816年にイギリスが貨幣法を
成立させた時点で始まりました。
現在の第二次グローバリズムは、
1979年のサッチャー政権発足
(またイギリス!)で発足。
実のところ、十六世紀以降の日本の経済史は、
グローバリズムとの戦いだったのです。
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